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闇の子どもたち 断片6

 扉を叩いたアリアは、耳を澄ました。中からは返事はおろか、なんの気配も感じられなかった。彼の部屋は、二間になっているそうだから、奥の部屋にいるのなら、そんなものかもしれない。
 自分たちの宿舎は一間しかないか、その一間に幾人かが寝起きしていた。寝室が二間もあるのは、身分かお金を持っている人間だ。そんな部屋を訪ねたことはなかったから、どうにも勝手が分からない。
 普段なら、もっと乱暴に拳を叩きつけて、中の子の名前を呼ぶ。早く起きなさい、朝ごはんが食べられなくても知らないわよ。今すぐ起きないと、西の崖の掃除をさせるわよ。毎朝のことなのに、自分から起きるということをしない子は多い。
 でもさて、この部屋の新しい主は、ここへ来てから半月、一度だって朝食の席にいたことはない。もちろん、講義や実習にいたこともなければ、廊下を歩いているのも見たことがない。
 事情は知っている。ある意味、自分勝手が許される身分であることも。とはいえ、この学院にいる限り、アリアの担当する棟に住んでいる限り、他の子と同じように扱ってもよいはずだ。

「……ルーク……でいいのかしら……」

 もう一度、扉を叩いて、しかし、アリアは非常に控えめに呼びかけた。でいいのかしら、というのは小さく付け加えてしまった。彼には西の大国の貴族らしい長い名前があったが、学院に入るときに変えたと聞いている。呼び慣れた名前の方がよいのか、表向きの名前の方がよいのか、貴族とはなんと面倒なものだろう。
 どちらにしても、なんの返事もない。
 寝ているのかもしれないし、聞こえていないのかもしれない。

「ルーク、寝ているなら悪いんだけど」

 アリアは少し声を大きくして、呼びかける。

「起きて、着替えて、出てきてもらえないかしら。あなたの担当教官からお話があるの。ここで待ってるからね」

 頼むわよ、とは口の中だけで付け加える。答えはない。

 アリアは仕方なく、廊下の壁に寄りかかった。
 窓の外に、寒々しい山脈が見える。
 季節は夏だったが、故郷のように暑い日は全くなかった。いつでもどこかひんやりとしている。この国が険しい山の谷間にあって、年中、山から冷たい風が吹いているからでも、学院が石造りだからでもない、とアリアは思っていた。全てはこの陰鬱で閉ざされた国のせいだ。
 どちらが幸せだったかは分からない。アリアの母は東方から連れてこられた奴隷だった。アリアを売ったのは母ではない。母を買った職人の男が、アリアを売った。
 母がどうなったかも、分からない。
 元より父親が誰かも分からない。職人の男かもしれないし、別の誰かかもしれない。
 母の子として生まれた時点で、アリアの人生は決まっていた。同じ家で使い潰されるか、売られて使い潰されるか、だ。
 大人の中には、ここへ来たことを、さも幸福なことのように言うものもいる。
 故郷や家族に未練はなかったし、そんなもの、持つすべも知らなかった。戻りたいとも思わないし、正確には、あれがどこかも、よく分からない。
 ただ、一つだけ確実なことは、ここだって、使い潰される先の一つには違いないということだ。場合によっては命を削って、命を賭けて。
 そのくせ、寒々しい。
 どちらがよいとも言えないが、あの暮らしは、熱量があっただけ、どことなく人らしい生活があった気がする。奴隷を人としないのなら、生き物としての暮らしとでも言えばいいだろうか。

 ため息が漏れたところで、部屋の奥で物音がした。気のせいでなければ、扉が開いて閉まる音だ。
 アリアは唇をほろこばせて、姿勢を正した。何かに勝利したような、しようもない喜びがあった。
 ほどなくして、廊下に面した扉が開いて、中から小さな影が現れた。思っていたよりも頭の位置が低い。呼びかけに応えない不遜な態度から、勝手に存在が大きくなっていたようだ。

「おはよう、ルーク」

 覗き込むようにして笑いかけると、彼はするりと顔を上げてアリアを見た。
 目があったのは一瞬で、何も言わずに顔を逸らす。
 まあ、とアリアは、いろんな意味で苦笑した。
 彼のような態度を取る子も、珍しくはない。特に連れてこられてすぐには。
 小さな子なら、事態を理解できず混乱して落ち着かせるのが大変なこともある。理解できていれば、それはそれで堪えるものがあるものだから、周りを寄せ付けず殻にこもってしまう子もいる。

 彼は後者だろう。
 特異な瞳の色はさておき、彼の顔つきは、よい家の生まれということを差し引いても、同じ年ごろの子どもに比べて賢そうだった。
 その上、こんな事情では。

「じゃあ、行こうか」

 こっちよ、と促すと彼は、すっと歩き出した。姿勢のよさと立ち居振る舞いの美しさは、さすがだ。そこだけは、同年代の他の困った男の子たちとは違うようだ。
 歩きながら、アリアは途中にあるあれこれを説明してみたが、彼は全く興味がなさそうで、ときおり視線を辺りに走らせるほかは、なんの反応も示してくれなかった。




#なんのはなしですか
#君と魔術と星空と
#闇の子どもたち




どの断片か
わからなくなったら
どうしたらよいのか?

ぱちこ☆


そんな時のためにマガジンがあるんだったぜ。

よく考えたらここに貼らなくても、
記事下に出てくるんだぜ。

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