闇の子どもたち 断片18
目を覚ますと知らない天井が見えた。知らない、ということはない。自分が暮らしている場所が変わったのだ、と彼は思い出す。
久々にやってしまった、というのが感想だった。
魔力の国というだけあって、ここは「あちら側」に近い。魔術師が繋いだ道もある上に、元から開いた穴も多いから、あちこちから力が漏れ出ている。
自分に起きていることを知ってから、彼はあれこれ試してみた。
二番目の兄のように治癒に秀でた魔術師の力が有効だということ。ある程度、自分の中にある化け物を黙らせる助けになる。
魔力の多い場所にいた方が、安定できるということ。だから学院はある程度、安全な場所だった。
そして兆候はある。
力が暴走する理由と、そのきっかけの全ては掴めない。ただ、その兆しを掴めるようにはなっていた。今日のように。
そんなときは、おとなしく寝ているのが一番だということも知っている。体力を消耗しなければ、抑え込むことができる。
父は「命に関わる」と言うが、ぎりぎりの線でそれはないと彼は考えていた。
器が死んだら元も子もない。うっかり柔い器に生まれついてしまって、力の主には申し訳ないが、それを壊してしまったら一からやり直しだ。
いや、そうとでも信じていなければ、怖くてやっていられない。もし本当は、こんな器は壊してしまえと思われているのだったら。
彼は確かに、自分の生まれについて悲観していたが、命を捨ててもいいとは思っていなかった。負ける気はない。
負ける気はなかったが、怖かった。
このまま、ずっと一人で戦っていくのは。
寝台の横に目を向けると、小さな女の子が座っていた。シェリーナだ。
ここは自分の部屋だと思ったが、違ったのだろうか。
ルーク、と彼女が小さな声で言った。鼻をすすって、よかった、気がついた、と言う。反対側からアリアが何か言ったのが聞こえた。
そこで、彼は自分が倒れたときのことを思い出した。忘れないうちに伝えておかなければならない。
「シェリーナ……歌を、もっと……練習した方がいいですね」
彼女の力はなかなかのものだ。
魔術として力を使うのに、何かで代替させるのはよくあることだ。使う本人が具現化しやすいほど、コントロールは容易い。
なぜ、シェリーナが歌を選んだのかは、甚だしく疑問だったが、あのかろうじて歌と分かる状態でも、充分、彼の助けにはなった。彼女がもっと上手に歌えるようになれば、優秀な魔術師になれるだろう。
魔力には申し分ない。なのに代替物の方に問題がある、というのも変な話だ。それに、その度に歌うのは少々リスクやタイムロスも大きいかもしれない。
とはいえ、これにはさまざまに相性もあるから、本人がそう思ったのなら、そうなのだろう。
と思って、彼は端的に事実を伝えたのだが。
なぜか、シェリーナは泣きながら立ち上がって、走って部屋を出ていてしまった。
彼は驚いて、彼女を見送った。
アリアの大きなため息が聞こえる。
「ルーク。今のはないと思うわ」
わたしは、知ってるから。アリアはそう付け加えた。そんな気はしていたから、別に驚きはしなかった。彼は、アリアの方を向いた。彼女は、疲れた顔で彼を見下ろしていた。
「スーイが言った意味、賢いあなたなら分かっているわよね?
シェリーナは知らないのよ。突然、一緒にいた相手が倒れて、あの子がどんな怖い思いをしたと思ってるの?」
なのに、と彼女は完全に彼を責める口調だった。
「なんでありがとう、ごめんねって言えないのよ?
確かにね、あなたが王さまになるには前途多難よ。
いい?
もう一回言っておくけど。スーイに言われたことをちゃんと守って。どうしてわたしたちが集められて、あなたが何をしなければならないか、分かっているわよね」
なぜか、最後の方にはアリアも半泣きで、彼にはそれもよく分からなかった。彼女も怒ったように乱暴に立ち上がると、そのまま部屋を出ていってしまう。
彼が倒れるたびに、母が泣いていたのを思い出す。母は彼の体が弱いのだと思っていて、それは、そんなふうに産んでしまった自分のせいだと思っていた。
いつも、泣きながら謝られた。ごめんね、ごめんね、ニコ。許してね。
母のせいではないのに。
それなら、アリアもシェリーナもなんにも関係ないのに。泣くことなんて、どこにもないのに。
こんしゅうだけ!
こんしゅうだけはゆるして!

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