げにおそろしきはなつのあつさ
市の中心部にある駅から、お城のお堀端まで、まっすぐに大通りがのびている。大通りといってもいなか町なので、車が列をなしていることはないし、何車線もあるわけではない。
ただ、真ん中に路面電車の線路が走っているから、なかなかに幅は広い。両脇にはイチョウの並木があって、この道は「花園通り」と呼ばれている。名前だけはかわいらしい。
この花園通り、つい最近までは、歩道にアーケードが設置されていた。ところが、おそらく老朽化と、駅前の再開発のせいで取り払われてしまった。ちょうど、わたしが今の会社に転職したまさにそのときのことである。
わたしはこの朝、コニシ木の子さんのフードエッセイを読みながら、信号を待っていた。といっても、灼熱の太陽に焼かれていたわけではない。
賢いわたしは、去年、夏の暑さを回避するために、駅前で待機することを学習した。ファミリーマートの前は、それなりに涼しい。ここで、該当の信号が赤になってから、18数えて歩き始めると、ちょうど信号が変わる。
わたしを追い越していく人たちは、変な目で見てくるが、こちらにしてみれば、皆さんの方が変だ。何を好んで地獄の業火に焼かれたいのか。
そんなわけで、わたしは18数えながらフードエッセイを読み、その世界観のままに、歩き始めた。いくら日陰で待っていたとはいえ、暑い。蒸し煮になってしまいそうだ。
大通りの半ばほどに、ホテルがある。ここは外国人観光客がよく宿泊している。ぱちこが職場に向かう、ちょうど9時過ぎ、彼らはホテルから出てくる。チェックアウトの人もいれば、今日の予定に胸を躍らせている人もいる。
この日、ホテルの前にいたのは、チャリンコに乗らんとしている白人の男女だった。
ぱちこには理解ができないのだが、この県はチャリンコライダーを呼び込もう、呼び込もうとしている。しまなみ海道などは、チャリンコライダーに大人気らしい。県知事も意気揚々と呼び込みに力を注いでいる。
チャリンコではない。なんとかいう、ちゃんとしたチャリンコだ。そのチャリンコに、チャリンコライダーウェアを着た白人の男女が乗らんとしていた。
ぱちこは、その男に釘付けになった。
チャリンコライダーウェアは、体にピッタリした構造になっている。抵抗を最大限に減らすためだろうが、こんなしょうもない田舎町で、何の抵抗を減らしているのかは謎だ。
それはともかく、その服は、彼の体つきを如実に描いていた。
彼の形のいい尻を。
ぱちこはぼんやりと彼の尻を眺めた。
美しい。
筋肉がほどよくつき、腰から太ももにかけて、過不足ない尻だ。
彼は、連れの女と訳の分からない言葉を交わしながら、出発の準備をしている。ぱちこは、彼の尻を眺めがら、通り過ぎた。
彼と出会うことは二度とないだろう。どこの国のやつかも分からない。もう少しよく言葉を聞いておけばよかった。そうしたら、素敵なお尻ですね、と声をかけれたかもしれない。
この大通りが終わる地点、お堀の前にはセブンイレブンがある。このセブンイレブンは、夏場は実に重要な拠点である。ぱちこはこの後、道を曲がって、お堀の端まで歩くのだが、一度、体を冷やさなくてはならない。オアシスだ。美味しい飲み物を提供してくれる、という以外にも重要な意味がある。
駅にもコンビニはあるから、飲み物をそこで買って歩いたこともあるが、耐え難かった。一度、小休止を挟まなくてはならない。そして、立ち寄った以上は何かを買わなければならない。コンビニさんに失礼だからだ。決して、お菓子が食べたいわけではない。
ぱちこは、この日も暑さで朦朧としながら、何か冷たくて甘いものを求めて店内を彷徨っていた。その後ろから、誰かがわたしを追い越す。
尻の連れだ。
尻本人はいない。
ぱちこは、急いで飲み物を購入すると、コンビニを出た。
いた。
もう二度と会えないかと思っていた彼が、チャリンコにまたがって連れを待っている。なんて美しくセクシーな尻なんだ。写真に撮っておきたい。いや、触らせてほしい。
犯罪まがいのことを考えながら、ぱちこは尻を眺めた。もう完全に変質者だが、暑さのせいで気にならなかった。
ぱちこの後ろから、連れが出てきて、彼らはまた何かよく分からないことを話しながら、今度こそどこかへ出発していく。
その後ろ姿を、かなしく見送った。あんなに素晴らしい尻には、この辺ではお目にかかれない。後に残ったのは、ただただ暑いだけのお堀端を歩くぱちこだけだった。
この記事の「今日」とは2025年6月19日である。
いかに今年の夏が序盤から暑く、そしていかにぱちこが夏の暑さが苦手かわかる。
6月は夏じゃない。
普段は、ぱちこは男の尻など眺めない。全てはこの暑さと直前まで読んでいた例のフードエッセイのせいだと思う。
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