闇の子どもたち 断片11
このお話は
魔術の国ラスエトでは、近隣の多くの国から魔力を持った子どもたちを学院へと集めていた。育った国も、それまでの暮らしもまるで違っても、そこから切り離されてやってきたことは、同じ。
教官のスーイから、西の塔の調査を命じられたルークたちは、さっそく出発したところである。
「ねぇ、ルークは、ほんとうは長いおなまえだって、ほんとう?」
ジャギスたちと離れるなり、シェリーナが口を開いた。そんな立ち入ったことを、と言いかけてアリアは首をすくめる。ここまでにすでに三度、その、他でもないシェリーナに指摘されていたからだ。
アリアは今回のリーダーではないのだから、そういうふうに注意するのも、ルール違反なのだそうだ。
本当ですよ、とルークが答えている。
「ねぇ、どうして長いおなまえなの?」
「……そういう、残念な決まりだからです」
「決まり? 決まりなのに変えちゃってもいいの?」
「私の名前ですから、私の勝手です」
ふうん、とシェリーナは自分で聞いておいて、全く興味がなさそうな声で答えた。
西の塔に続く小さな林に差し掛かっていた。
学院の敷地に生えている木は、どれもが背が高く、建国の頃からあるのではないかと思える古いものが多い。葉の色は年中、黒に近い濃い緑で、花が咲くことも実がなることもない。
それもまた、ここの空気を重いものにしている気がする。
地面には、枯れた色をした尖った葉が積もっていた。足下にあるのは、土なのか、枯葉のずっと積もったものなのか、歩くと独特の音を立てる。
陰鬱とはいえ、少しだけ森の匂いのすることが、アリアは嫌いではなかった。死んだ葉の上を歩いている今だけ、生きている気がする。あの石でできた建物の廊下ではなく。
ときおり、深く沈み込む枯葉の道は、ルークには少し歩きづらかったようだ。彼は危なっかしくよろめいて、小さなシェリーナがそばで手を伸ばしているのが、微笑ましい。
本人は、そのことを特に気にとめたふうではない。きっと、何かと支えられて暮らしてきたのだろうな、と彼女は思った。常に彼の行動を見守っていた誰かがいたに違いない。
そろそろ木立を抜けて、西の塔が迫る頃になって、ねぇ、とシェリーナがまた口を開いた。それまで黙っていたのは、彼女なりにあれこれと考えを巡らせていたからのようだ。
「ルークは、とってもえらい人のこどもって、ほんとう?」
一体、何が気になっているのか、先ほどまでの興味津々といった様子ではなく、少し不安げな声だった。ルークの顔色をうかがうように、首を傾げながら彼を見上げている。
案の定、ええ、という返事はこれまでになく硬かった。シェリーナはちょっと首をすくめて、なのに怯まずに続けた。
「ほんとうは、王子さまなの?」
ルークが面食らったように立ち止まった。そんな自分の動きに苛立ったように、再び歩き出す。
ちょうど、落ち葉の道が終わり、石畳が始まっていた。
「違います」
会ってから初めて聞いた、温度のある声だった。あたたかさではない。怒りによる熱さを含んでいた。
「誰から何を聞いたんですか?」
お父さんに、と答えるシェリーナの声は珍しく弱々しかった。
塔の入り口を前に、ルークはくるりと振り返った。そして、シェリーナに向かって、いいですか、と突きつけるように言った。
「私は王族ではありません。ただの人間です。残念ながら。確かに私は陛下……シュルペ国王から公爵位を打診されました。ここへ来る前にです。これがどれだけ滑稽なことだか分かりますか? 私が偉くなるわけでも何か利益を得られるわけではありません。単に、大人たちが、自分たちの権力をさらに強固なものにしようと私を駒にしているだけです。非常に迷惑な話です。私にはこれ以上肩書きは要りませんし、シュルペの後ろ盾なんてあっても邪魔なだけです。話がややこしくなって……実際に世界の勢力図は歪むでしょうね、私に余計な肩書きがつくことによって」
一気にそこまで一人で捲し立てたルークを、アリアとキエーリはもちろん、シェリーナも気圧されたようにぽかんと見ていた。
実際、彼は余計なことを言うような性格には思えなかったし、これまでも無駄口を叩いたことはなかった。それだけ彼がこの件に関して黙ってはいられない何かを抱えていて、反対に、これまで彼を黙らせていた理由の一つでもあるように思えた。
何より、思っていた以上に、彼はその年齢の子どもにそぐわない頭の持ち主のようだ。確かに彼が言う通り、将来「ややこしいことになる」という予感がした。いろいろな意味で。
「……ルークは、黙っていた方がいいと思うわ!」
しばらく黙っていたシェリーナが唐突にそう言った。アリアは彼女の意味するところが何となく分かって、思わず吹き出すところだった。
ルーク本人はといえば、彼女のその返事に面食らったようで、次の何か言葉を言おうとしたように口を半開きにしたまま、固まってしまっていた。
これまでそんなにも直球で何かをぶつけられたことはなかったに違いない。その顔は、きちんと年相応の、小さな子どものままだった。
それがあまりにおかしくて、アリアはくすくすと笑い出してしまった。それをシェリーナは肯定と受け取ったらしい。
ルークはこちらを向いて、冷たい目線を寄越してみせていたが、もうそれを真に「冷たい」とは思わなかった。
「シェ、シェリーナは、そういう……そういうことは、あまり口にしない方がいい、って、言ったんだよ」
なぜか、おろおろと今回のリーダーであるキエーリが、これまた珍しく口を開いた。確かに、その通りだが、おそらく違う。案の定、違うわ、とシェリーナがむくれたような声で言った。
「せっかく、謎めいた感じだったのに、台無しじゃない」
自分で聞いたという点は棚に上げて、彼女は心底がっかりしたように言った。
「オトコは、多くを語らない方がいいって、言ってたわ」
「それは、母上の方がですか」
立ち直ったらしいルークが、憮然としたように答えた。そうよ、とシェリーナは偉そうに言った。
「そんなことじゃ、女の子にもてないと思うわ。答えるときは、もっと短く答えきゃだめよ。それじゃあ、おしゃべりのジャギスといっしょになっちゃうわ」
覚えておきます、とルークは行って、再び塔に向かって歩き出した。シェリーナがそれを追いながら、そっちじゃないわ、あの扉よ、などと指示を出している。
そういえば、これからあの二人で探索に向かうのだ。アリアは、このままついて行って、彼らが何を話すのかを聞いてみたい衝動に駆られた。
「アリアさん、その、僕たちも」
キエーリの、おずおずとした声で、彼女は我にかえる。そうね、と少しがっかりしながら、アリアも自分たちの持ち場に向かって歩き出した。
そういえば
あらすじを書こうと
思ったこともありました

いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ、サポートをいただけるとうれしいです! いただいたサポートは、くもみさきまちの運営費に活用しています!