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ステルス 4

これまでのお話は
 コハルは幼なじみの紹介で、転職を果たしますが、一日で解雇されてしまいます。
 その帰り道、大きな繭が弾けて下層は停電。コハルは、繭から出てくる靄が全ての原因だと気が付きます。

がんばれコハル




 数日経っても、電力が完全に戻ることはなかった。復旧しても一瞬で、常に下層のどこかが停電していた。
 コハルのボックスも、ときどきドアが開かなくなる。食品は配給される予定になっていたが、それも不規則のようで、彼女の元にはまだ届かない。

 繭はこの数日で一気に増えていた。空中を虫が飛びかう。
 彼らはコハルが見ている前で交尾をし、繭を作りに掛かっていた。そのどの過程でウイルスが入るのかは分からない。

 死者も一気に増えていた。
 下層に流れる死に対する漠然とした不安は、皆の気持ちを苛立たせる。誰もが、自分だけは生き残りたいと焦り、ツリーは異様な雰囲気に包まれていた。

 ドアに何かがぶつかる音がして、机に向かっていたコハルは飛び上がった。
 続いて、電子音が鳴って、モニターが光る。

『……あっ、点いた』

 勇鈴の声が響いた。コハルは急いでドアのボタンを押す。今日は仕事だと思っていたのだが、違ったのだろうか。
 入って来た彼は止める間もなく、ひょいと机の上を覗いた。

「何やってたの?」
「あ、ちょっと、見ないでよ……仕事は?」

 コハルは慌てて彼を押し退ける。勇鈴は、彼女が書いていた紙をすでに手にし、いやあ、と首を捻った。

「何これ」
「……手紙」
「それは分かるけど……お前、相っ変わらずだな。誰に何書いてんだか知んないけど……全く読めねえよコレ……」

 そんな、とコハルは彼から紙を引ったくった。
 上層と連絡がつかない以上、これしか方法が思い付かなかったのだ。文字を書くのは苦手だが、丁寧に書いたつもりだった。

「まさか、コレ、この前言ってたなんとかってやつに送る気じゃないだろうな」

 勇鈴は険しい顔で彼女に迫った。
 送る気というより、あれ以来毎日送っている。そう言うと、彼は額に手を当てて呻いた。

「お前の努力は認めるよ。字が苦手なのも知ってる。
 けどさあ、コレが暗号じゃない以上、送られた方がどんだけエリートの高官でも……つーか……頭がいい奴なんか、なおさら読めねえよ」
「……ひどい……だって、わたし、他にできること、ないもん……」
「……コレ、なんて書いたんだよ。オレが代わりに書いてやるから言ってみろ。
 オレだって、上層のやつに読ませられる達筆じゃないけど……絶対、コハルよりマシだ」

 彼は失礼なことを言いながら、コハルの机に座った。彼女は口を尖らせて渋々、自分の書いた物を読み上げる。
 途中で何度もつかえたので、最後には険悪な雰囲気になりながらも、どうにか手紙は書きあがった。

「……ありがとう、勇鈴。今日……仕事じゃなかったの?」

 今さらかよ、と勇鈴は立ち上がると、勝手にコハルのベッドに腰を下ろし、後ろ向きに倒れた。

「主任が死んだって」

 えっ、とコハルは息を呑んだ。

「代わりのやつもいないってよ。ホントに人手が無くなっちまった」

 彼は鼻で笑った。
 コハルは、喉の奥が締め付けられるように感じた。たった一日だけの上司だが、知らない人ではない。勇鈴が書き上げた手紙に目を落とす。
 彼はがばりと体を起こし、そんなコハルを見た。

「お前さ。上層にいたんだろ?
 なのに、やれることがこれだけかよ。人頼みな上に、頼めてもねえし」

 勇鈴は押し殺した声でそう言った。コハルはやりきれなくて俯いた。
 次は自分かもしれない。
 彼の不安な気持ちは、コハルにもよく分かった。
 それは、下層に住む誰もが抱いている恐怖だ。家族かも――友人かも――久しく会っていない誰かは、もう――この世にいないかもしれない。
 ごめん、と勇鈴が呟いた。

「言い過ぎた……お前が悪いんじゃないのに」


 オレが出しとくよ、と彼は手紙を持って、ボックスを出ていった。

 ドアが閉まってしばらくして、ジジ、とすっかり馴染んでしまった音がする。ドアや壁で光っていたランプが消えた。
 彼が言うことはもっともだとコハルも思う。上層と連絡がつかない以上、できることは自分でしなければならない。
 繭が弾けてウイルスが飛ぶのなら、それを防げばいいのだ。
 見ていると、繭が壊れるのは強い力で触れたときだけだのようだった。少し触れただけでは何も起こらない。
 できたばかりの繭が壊れることもあまりない。中で虫が育つ頃に、弾けるようになっているのだろう。

(何かで覆う、とか……?)

 コハルは、袋のようなものをイメージしてみた。
 しかし、口がきちんと閉まるか心もとない。繭によっては、何本もの糸で全体を支えている物もある。
 すっぽりと覆うには、不向きな気がした。

(だったら……ぐるぐる巻きにするとか……)

 包帯のようなもので何重にも覆ってしまえば。
 でも、布ではダメだ。靄は小さな隙間も通り抜けられる。何しろ、一つひとつはものすごく小さい。

(そうだ!)

 コハルは机の引き出しをガタガタと開けた。
 一番下の段から、粘着テープを引っ張り出す。
 これなら繭を覆って、隙間も防げるかもしれない。

 まずは試してみようと、ドアのボタンに触れた彼女だったが、実際に出られたのは、数時間後だった。


 何につけても上手くいかないコハルにしては、このアイデアは当たっていたらしい。彼女にしては上手い具合に、繭を粘着テープで覆うことに成功したのだ。
 粘着テープの重みで落ちるのでは、とか、触れた途端に割れたらどうしよう、という不安は、とりあえず払拭された。
 とはいえ、家にあったテープにも限りがある。彼女は久しぶりに一人で買い物に出かけた。
 近くの店は開店休業状態で、中に向かって呼びかけると若い男が面倒くさそうに出てくる。粘着テープは誰も使わないらしく、余っていた。

 そのまま広場を目指すことにした。繭も多く危険だが、防げるのなら一番に対処するべきだろう。
 歩きながら見つけた繭にも、テープを巻いていく。
 振り返ると、祭りの飾りにも見えた。赤や黄、緑や青。不気味に見えるのになんだか愉快だ。

 見れば歩く人が、気味悪げに繭を避けている。
 色が派手になると、気になるものなのだろうか。何にせよ、皆が避けてくれるなら、それもまた効果はあったのだ。

「コハル?」

 聞き慣れた声が彼女を呼んだ。勇鈴は、小走りに近寄って来ながら、彼女がテープを巻いた繭を避ける。

「おい、お前、何やってんだよ。コレ、なんだ、気持ち悪い」
「……何って、繭だよ。弾けないようにしたんだよ」

 コハルはテープを巻きながら答えた。途中で緑が無くなって、黄色に変わる。その様子を、勇鈴が一歩下がって見ていた。

「な、なあ……繭って、コレのこと?」
「……他に、何があるの? 手紙にも、書いてたよ」

 コハルが答えると、勇鈴は黙ってしまった。彼女の手の動きを見ながら、じっと考え込んでいる。

「お前さ、今、その繭に触ってる?」

 もちろんとコハルは頷いた。
 見れば分かることだ。

「オレの目がおかしいのかな……お前、何にテープを貼ってるわけ?」
「……繭……だよ?」

 コハルは手を止めて彼を見た。勇鈴は怯えた顔をしている。
 ようやく彼女は、変だと気付いた。
 誰も避けない繭、病を防ぐ術はないと言った勇鈴。

「……ま、まさか、とは思うけど、」

 突拍子もない考えに、コハルは背筋が冷えた。
 もしそうなら、他の人が怖がらないのも分かる。だが、そんなことがあるだろうか。

「おい、お前、何やってるんだ!」

 呆然としていたコハルは、背後から肩を掴まれた。勇鈴が驚いた顔で彼女の後ろに目を向ける。
 太い声の主は、コハルを無理やり自分の方へ振り向かせた。年配の男だった。

「この大変な時に、遊んでいる場合か!
 何だこれは。ふざけたものを吊り下げるな! 今すぐ片付けろ!
 バカなものを作ってる暇があるなら、役に立つことでもしてみろ!」

 彼は怒鳴り散らすと、憤然と去っていった。周りを歩く大人たちは、どうやら彼と同意見のようだった。皆、コハルに厳しい視線を投げかけていく。

 そのとき、通路の奥で声が上がった。コハルはぼんやりとそちらに目を向ける。広場のようだった。

「何だ……また、か?」
 勇鈴が小さく言った。
 しかし、ざわめきには不安な響き共に、好奇心が混ざっているように感じられる。彼もそれに気が付いたようだ。
 二人はどちらからともなく、広場に向かった。

「あっ」

 遠くに見えたものに、まさか、とコハルは駆け出す。広場には見覚えのある、下層には不釣り合いなエッグが止まっていた。
 繭と人をどうにか避けながら、彼女は駆け寄った。

「松葉さん!」

 長身の彼は、珍しく保安部の制服を着ていた。深緑色が彼の淡い髪色によく似合っている。
 松葉は手をあげてコハルに笑いかけた。

「ああ、よかった。俺のエッグじゃ、これ以上は無理だって言われてね。探しに行かなきゃいけないかと思ったよ」
「……あ、あのっ、」
「ああ、白岡さん、手紙読んだよ」

 コハルは頷きながら、ほっとして目頭が熱くなった。聞いてもらえたばかりか、彼はわざわざ会いに来てくれたのだ。

「それで、何だって? 詳しく説明してもらえるかな」

 彼女は好奇の目から逃れるように、先ほど自分がいた通路に松葉を案内した。
 手紙に書いたことをもう一度説明する。何度も繰り返していたので、最初よりも上手く伝えられた気がした。

「つまり、あの繭が元凶ってことだね」

 カラフルにテープが巻かれた繭を見て、松葉が言った。いつの間にか、横に勇鈴が立って二人のやり取りに耳を傾けている。

「全部の繭から、ウイルスが出るわけじゃ、ないんです。でも、それが、どれかは……分からなくって」
「これを、一人で考えてたのか……下層に戻ったって聞いて、心配してたんだよ」

 優しく笑いかけられて、コハルは顔が熱くなるのを感じた。こうして話している間も、通り過ぎる人が松葉にちらちらと視線を向けている。
 そのうちの一人が、まだテープを巻く前だった繭にぶつかった。コハルは、慌てて松葉の手を引いていた。

「どうした?」
「……あっ、いえっ、今、その……」

 繭から立ちのぼった赤茶の靄は天井に吸い込まれた。
 電気がショートした音がする。通路に付いていたランプが一斉に消えた。

「もしかして、今も?」

 松葉は硬い表情で、コハルが見ている先を同じように目で追った。

「……は、はい。その……だから、ええと……下層を、隔離、しても、ダメだと思うんです。あの……上層にも、少しだけど繭はあるので……」

 そうか、と彼は頷いた。

「分かった。戻って報告しよう。ありがとう、白岡さん。助かったよ」
「……い、いえ……ありがとうございます」

 だけど、と松葉はコハルの肩に手を置き、厳しい目で彼女を覗きこんだ。

「これ以上、首を突っ込まないこと」
「……えっ、で、でも……」
「これは俺たちの仕事だよ。人が死ぬと分かっているなら、なおさらだ。いいね」

 「俺たち」という言葉に、コハルは胸の中がすうっと冷えていくのを感じた。自分はその中の一人ではない。
 松葉は彼女の肩を軽く叩いて、歩き出した。
 コハルは少し遅れてその背を追う。彼が大股で歩くので、彼女は次第に小走りになった。

「繭にテープを巻くのも、もうやらない方がいい。何かあってからでは遅いんだからね。
 後は俺たちに任せて、安全なところにいなさい。
 ああ、君」

 彼は自分のエッグまで辿り着くと、コハルの背後に呼びかけた。

「白岡さんを、送ってあげてくれるかな。そのくらいなら君にもできるだろ。
 いいかい、もう繭を見つけても、触っては駄目だ。そうだな……」

 コハルに改めて念を押した松葉は、顔を和らげた。

「久しぶりに、女の子から手紙をもらったのは嬉しかったよ。また書いてくれる?」
「……えっ……あ、は、はい……」

 コハルは複雑な気持ちで頷いた。じゃあ、と言って、松葉はエッグに乗り込んだ。
 慌てて彼女が手を振ったときには、彼のエッグはボックスを出て見えなくなっていた。


 勇鈴に送られて自分のボックスに帰ったコハルは、ベッドに寝転んだ。
 松葉の態度に憮然としていた勇鈴は、始終悪態をついた挙句、帰ってしまった。松葉のことを悪く言われるのは悲しかったが、勇鈴の気持ちも分かる。

 コハルは一人、ため息をついた。話を聞いてもらえたが、結局は、自分の非力さを思い知らされただけだ。
 いや、と彼女は起き上がった。
 松葉は安全なところにいろ、と言ったが、だったら他の人はどうなるのだろう。上層で皆が話し合っている間にも、人が死んでいるのだ。

(そういえば……どうして、人にもコンピュータにもうつるんだろ……)

 コハルがウイルスだと思ったのは、最初に病気だと聞かされたからだった。
 しかし、人は生き物で、機械は無機物だ。
 動物から感染するウイルスなら聞いたことがあるし、通信網を介して機械を壊すプログラムをウイルスと呼ぶことも知っている。何となくその辺りから、自然なことだと思ってしまったのだ。
 もしかしたら、その理由が分かれば、対処のしようもあるのかもしれない。

 そう思ったが、すぐに考えを打ち消した。きっと、それも上層で研究されるだろう。
 コハルにできることは、繭が弾けないようにすることくらいだ。

(逃げてちゃ、ダメだ……)

 彼女は立ち上がって、テープを入れた袋を手に取った。
 しかし、コハルがドアに近寄る前に、ボックスの明かりが消えた。夕暮れの紅い光が、窓の外に見える。どうやら、また広範囲で電力が落ちたようだった。




ちゃんと続きます




#なんのはなしですか
#君と魔術と星空と




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