「ジャパニーズ学」は世界の文化(5)|漢字・ひらがな・カタカナの誕生と日本語の進化
日本語は日本人の心の反映で日本文化と密接に関係しています。この三つの要素(日本語、日本人、日本文化)を同時に学ぶのが「ジャパニーズ学」です。外国人に教える立場から解説します。
■大和言葉から生まれた文字の工夫
7世紀後半、天皇から農民まで幅広い階層の和歌を編纂した『万葉集』が誕生しました。その表記には漢字が使われていましたが、複雑な漢字を一文字ずつ書くのは大変でした。
やがて、日本人は「記号として使うなら、漢字の一部を利用すればよい」と気づきます。こうして誕生したのがカタカナです。のちに、カタカナは主に外来語の表記に使われるようになりました。
一方、当初は速く書くために漢字を崩して用いていましたが、そこから発展して生まれたのがひらがなといわれます。ひらがなは柔らかい印象の文字で、特に女性に好まれました。世界最古の長編小説『源氏物語』を著した紫式部も、ひらがなで作品を書いています。
こうして、ひらがなとカタカナは「音のみを表す文字」として発達しましたが、漢字はそのまま使用され続けました。漢字は、中国各地へ渡った知識人や留学生によって日本に導入されたのです。当時の中国では漢字を共通語として用いていましたが、発音は地域や時代によって異なりました。
音読みと訓読みの工夫
例えば「音読み(中国風)」では、「銀行(ぎんこう)」の「こう」は「行事」のように「ぎょう」とも読みます。日本はこうした複数の音読みをすべて受け入れました。
また、漢字は**訓読み(大和言葉の読み)**でも使われます。「行う」は「おこな(う)」、「行く」は「い(く)/ゆ(く)」のように読みます。
訓読みができた背景には工夫があります。大和言葉の「やま」は、当初「邪馬」のように当て字で表していました。
しかし、中国語では「山(サン)」と書くため、「サン」という漢字「山」を「やま」の意味で使った方が簡単だと気づいたのです。
訓読みとは、大和言葉に意味を対応させた漢字の使い方なのです。このように、日本人は中国語を巧みに活用し、改善しながら日本語に漢字を取り入れてきました。
■日本独自の漢字「国字」
漢字の構造を理解した日本人は、独自の漢字も作りました。例えば「峠(とうげ)」は「山」の中腹にある意味から「山」「上」「下」を組み合わせて作られました。これらは国字と呼ばれます。
19世紀後半から20世紀前半にかけて、西洋から「民主主義」など日本語にない新しい概念が数多く入ってきました。学者たちはその翻訳に頭を悩ませましたが、複合語などを工夫して見事に言葉を作り上げました。
今日では「中華人民共和国」の国名をはじめ、中国で使われる現代語の半分以上が、日本で作られた言葉の逆輸入だといわれています。

文字と日本の国民性
日本人の国民性は、外国文化をそのまま受け入れるのではなく、日本流に改良し、既存の文化と共存させることを選びます。日本と同じく漢字を使用していた韓国やベトナムは近年、漢字を廃止しました。
中国でも簡体字に切り替えたため、過去の文献が読めないという問題が起きています。皮肉なことに、古い漢字やすべての読み方を記録として残している日本が、漢字研究の世界的な中心地となっているのです。
確かに、漢字は数も多く複雑で、習得には時間がかかります。
さらに、ひらがなやカタカナもあるため、「もっと簡単な文字体系にして外国人も学びやすくすべきだ」という声が過去にもありました。その代表例が、明治維新(1868年〜)以降に起こったローマ字運動です。
アルファベットは国際化に適しているように見えますが、日本ではなぜ定着しなかったのでしょうか──。
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