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心にうつりゆくよしなしごとを……120~121.


120.落ち込んだ時のおまじない ~自分を責めている人に~

 誰でも自信をなくしたり、自己嫌悪に陥ったりする時がある。とりあえず寝て忘れらる人はいいが、たいていの人はそう簡単には立ち直れない。いつまでもクヨクヨと悩み、自分を責め続けてしまう。
 こういう時は仕事をしても上手くいかないし、気分転換に何かをやっても心から楽しめない。しかし限りある人生、そのまま苦しい日々を積み重ねていくわけにはいかない。
 だからこういう時はちょっとしたおまじないをして、まずは不調から脱出することに専念することが大切だ。そのおまじないというのは実に簡単なもので、自分を肯定する明るい言葉を紙に書き出すというものだ。そして誰もいないところでそれを声に出して読み上げるともっといい。肯定する明るい言葉とは、自分の性格に応じて人それぞれのものを用いればいい。ちょっとやってみよう。

 私はいつも微笑んでいる。私は血色が良く肌に艶がある。私はふくよかだ。私は怒らずに笑う。私は優しい。私は元気だ。私は健康だ。私は慌てない。私は落ち着いている。私は頼りになる。私は繊細でデリカシーがある。私はいざとなったら野太い神経を持っている。私は他人を許す。私は運が強い。私は一日100回以上有難うと言う。私は嫌味を言わない。私は相手の気持ちがわかる。私は相手の目を見て話せる。私は明るい顔で話す。私はためになる話をする。私は上手に話をする。私はおもしろい話をする。私は人に押し付けない。私は聞き上手である。私は幸せだ。私は人を幸せにできる。私は人を楽しませることができる。私は謙虚だ。私は良い人だ。私は頭が良い。私は偉そうにしない。私は楽しく仕事をする。私はいつも楽しそうだ。私は上手く行っている。私は家族と仲が良い。私は人を大切にする。私はきれいな言葉を使う。私は温かい。私は喧嘩しない。私は喧嘩すれば強い。私は好かれる。私は良い友達を持っている。私はファンを持っている。私は若々しい。私は分別がある。私は心が広い。私は大らかだ。私は寛大だ。私は余裕がある。私は表情が良い。私は味のある顔をしている。私はおしゃれが似合う。私は声が良い。私は歌が上手い。私は趣味が多い。私は毎日を楽しんでいる。私は色気がある。私は割り切りがある。私はユニークだ。私はモノの本質がわかる。私はお金を少し持っている。私は人生の成功者だ。私は義しい。
 
 数は多ければ多いほどいいのだけれど、もう今日はこのくらいでやめておこう。これらの言葉は、自分が思っていることでも願望でも、自分を肯定することなら何でもいい。他人に見せたり聞かせたりはしないので、当たっていてもいなくても、自分がそう思うのならそれでもいい。恥ずかしがらず自由に書くべし。やってみると気持ちがすっきりとし、まろやかになること請け合いましょう。お金は掛からないし少しの時間でできる、大福幸苑いち押しのおまじないである。

121.上総国久留里の人 ~ちょっといい思い出話~

 今から10数年も前のこと、房総半島の内陸部にある久留里という城下町に仕事で行った。駅に降り立つと、十二月の冷たい風が頬を打った。思わずコートの襟を掻き合わせた私は、温かい飲み物を求めて仕事場への道中にあったコンビニに入った。
 自動ドアが開いて店内に一歩足を踏み入れた途端、レジの方から「いらっしゃいませ」という女性の声が私を迎えた。それは、ただ単に業務マニュアルに定められた決まり文句を口にしたというものではなく、心をこめて発せられた温かみのある声だった。
 店内には客が一人だけで、その人は雑誌コーナーにいた。私が飲み物を選んでいると、その客は何も買わずに出て行った。その後ろ姿に「ありがとうございました」という心のこもった声が掛けられた。
 レジの方を見ると、年の頃は50歳前くらいの眼鏡を掛けた女性が、出て行った客に顔を向けながら穏やかに微笑んでいた。この人は何も買わずに帰って行った客にも、笑顔でお見送りの言葉を掛けていたのだ。
 私は飲み物を手にレジに向かい、会計を済ませた。店員さんは感じ良く「ありがとうございました」と言い、軽く頭を下げた。その所作は流れるようにスムーズで、表情には見る者を和ませる心落ち着くものが浮かんでいた。
 私も言葉を返した。
「ありがとう」
 店員さんは一瞬驚いたように私の顔を見つめたあと、また笑顔に戻ってもう一度、「ありがとうございました」とお辞儀をしてくれた。

 一年後の冬、またこの町に仕事があって店を訪れた。入り口の自動ドアが開くと、あの優しい声が聞こえてきた。
「いらっしゃいませ」
 あの店員さんは、まだ居たのだ。もしかしたら店員ではなく、この店のオーナーなのかもしれない、そう思いながら前の年と同じように温かい飲み物を選んでレジに進んだ。
 会計をする店員さんの姿は、一年前とちっとも変っていなかった。そしてやはり品物を受け取ったあとの、あの真心のこもった声も同じだった。
「ありがとうございました」
軽く頭を下げた店員さんに、私も言葉を返した。
「ありがとう」
 店員さんはまた驚いたように私の顔を見上げ、それから納得したように頷くと、柔らかい笑顔を浮かべて今度はゆっくりと言った。
「ありがとうございました」
 きっと一年前の私のことを覚えていてくれたのだろう。その日も、温められた気持ちを胸の内に大切に抱えながら過ごした。

 あの店員さんには力がある。言葉と態度と表情だけで人の心を温める力だ。そしてそれは、店を訪れた全ての人に向けられる。品物を買っても買わなくても向けられるのだ。それは誰にでもできる簡単なことではない。
 あの店員さんはレジに立つようになってから、きっとある日決心したに違いない。自分にできる最善の仕事をしよう、誰からも褒められないかもしれない、でもそれで構わない、心をこめてお客様をお迎えし、お礼を言ってお見送りしよう、全てのお客様にそうして行こう、と。
 私も人と接する仕事をしている限り、あの店員さんの姿を見習わなければならない。見習うべき人というのは何も先生と呼ばれる人や指導者だけではない。こういう市井の人にも立派な人はいるのだ。彼女は、そのことを教えてくれたのだった。
 
 あれから多くの月日が流れた。しかし今でも時折あの店員さんのことを思い出す。まだあの店のレジに立って温かい言葉を掛け続けているのだろうか、と。それはもう久留里を訪れることのない私には確かめようのないことなのだが、彼女が幸せに暮らしていることを心から願い祈っている。

 


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