見出し画像

Obsidianに記録しているのは、記事ではなく自分自身だ。~日々是私小説(21)

興味のデータベースを作ることで、自分自身の「見たいもの」を知る


 本日の主題はこちら。

 Obsidianというmarkdownメモアプリを最近多用しているが、そのプラグインにObsidian Web Clipperというものがある。大抵のWeb記事の内容をテキストとしてObsidianのページに落とし込んでくれるものだ。markdownはAIとの噛み合わせが良い形式の表記法で、ここnoteの記法も、原則としてMarkdownのサブセット版(縮小版)みたいなものだ。noteユーザーには馴染みやすい記法だろうと思う。

 昔でいったら『紙copi』とか『Evernote』、『Read It Later』といったサービス、今なら『OneNote』とかのWebクリッピング機能を使っていた人だと、アレをローカルでやれる最新アプリだ、と思ってもらえるといいと思う。

 実際に使った見た目はこんな風になる。note公式が一年ほど前に公開した記事を最近クリップし、Obsidianで閲覧している状態のスクリーンショットだ。

ObsidianでWebクリップを見ているところ

 

 この機能がだいぶ便利なので、Webで資料収集をたくさんするような人には、Obsidianごとお勧めしたい。(ただし、人によるが小説の文章を書くのにはあまり向いていない)

 Obsidianというアプリも、Obsidian Web Clipperというブラウザ拡張機能も、すでに多数の紹介記事がnote内で見つけ出せる。インストール方法などをここで書くのは今さらなので、冒頭に示した公式サイト情報でご勘弁いただきたい。この後は、「それをどう使って、自分の役に立てるのか」に焦点を当てていこうと思う。


興味を持ったWeb記事を片っ端から保存する

 読んでみて良かったWeb記事、あるいは「後で読む」ために保存したいWeb記事で、ブラウザの拡張機能であるObsidian Web Clipperを使うと、先ほど貼り付けたような形でテキスト記事として保存される。記事の抽出自体もかなり正確にやってくれて、少なくとも余計なサイドバーの情報とかはあまり入ってこない。入ったとしても、中身はテキストなので簡単に削除したりできる。まずこれで情報の取得が楽になる。

 もちろん、Obsidianとして検索機能を使えば、「あのテーマの記事どれだっけかな……」と後から探し当てるのも簡単だ。クリップ記事が大量になっても安心できる。Obsidianそのものに、メモ同士を「リンク」させる(関連付ける)機能があるので、ひとつのテーマに沿ったクリップは手作業でリンクさせておいて、あとで参照しやすくするなども出来る。

 保存するのはテキストと多少の図版・画像だけなので、PCのストレージを圧迫するほどでもないから容量の心配などはしなくていい。とにかくクリップを溜めていく、つまりは「自分がWebで読んだもの・興味を向けたもの」を片っ端から記録していく。この「記録」が重要なのだ。


「記録」には、自分が行きたがっている場所が隠れている

 溜め込んだクリップで何をするか? もちろん自分自身で読み返して分析することも不可能ではないが、自分という固定化された視点で何度見返しても、そこから新たな発見をすることは難しい。外部の知的コンサルタントとしてAIを利用することで、自分の中にある、まだ気付いていない方向性を発見したりするのがここでの目的だ。

ローカルファイルを直接AIに読ませて、傾向を分析させよう

 有償でAIを利用していると、PCのローカルファイルを直接AIに操作させる機能が提供されている場合がある。Claude Coworkのような仕組みだ。ここは既に使っている・分かっている人にしか意味がない項目なので改めてCoworkについて説明しない。

 ローカルファイルを直接操作することが出来るAIなら、ObsidianのVault(ファイルを保管する場所・フォルダと思えば良い)を作業領域に指定してやれば、AIがその中にあるファイルを読み書きすることが出来る。それで何をするかというと、「3月分のクリップがフォルダに入っているので、中身を読んで分析し、この期間の私の興味の傾向をまとめて」だとか、具体的に特定のファイルを指定して「そのドキュメントの内容を把握して、私の仕事に生かせる要素を抽出、アドバイスの形にまとめて」といったことが簡単にできるようになる。

 しかも「まとめて」という指示が、チャットボットのブラウザ画面に出力されるのみならず、ファイルとして出力しテキストとして読むことも出来るのだ。これは手間がかからなくていい。

 ローカルファイルを扱うということは、チャット欄からコンテキストの一部として操作対象を与えるわけではないので、AI特有の問題(Lost in the Middleのような)で読み込んだ内容がぼんやりと崩れてしまうこともない。読み直せと指示すればいつでも一次情報としてのローカルファイルに当たれる。これは情報を扱う際にはとてもありがたいことだ。 

無償のAIにぶん投げることも出来るが……

 無償利用の場合でも、Obsidianのメモファイル(MD形式)を直接チャット欄に落とし込んだりすれば、有償と同様のことは出来る。しかしこの場合、AIの処理が「与えられた長大なコンテキストに対するもの」になるので、長編小説の理解がグダグダになってしまうくらいには、内容の把握が崩れてしまうことが考えられる。結果として、出力の精度は落ちるのではないかと思う。


分析から「新たな自分」を知る

 AIに分析させることで見えてくるのは、自分の「無意識の指向性」だ。週ごと月ごと、自分の良いタイミングで保存したクリップをAIに読ませて、「この期間、自分はどんなテーマに興味を向けていたのか」と問いかけると、自分では気付きにくい傾向が浮かび上がってくる。

 例えば、月の前半は技術的な記事を集中的に読んでいたが、途中からそれが変わった……この時期に何かきっかけがあったのだろうか? と思いを馳せると、確かにそういう出来事があったりする。同じ技術系の話でも、初期から徐々に読んでいる記事の技術レベルが上がっているのに気付き、ああ徐々に理解が深まっていったんだなと納得したり。そういった「気付き」がAIの分析を通して明らかになるのだ。

 この分析結果は、単なる「へぇ、そうなんだ」で終わらせてはもったいない。ここから見えてくるのは、自分が普段、何に対して興味を持っているのか、何を知ろうとしているのかという、無意識の「可視化」だ。大げさに言い換えると、自分が「行きたがっている場所」の地図が、ぼんやりと浮かび上がるわけだ。

 自分がどんな文章を読んでいるのか、どんな言葉に反応しているのかを、外部の目から冷徹に分析してもらう。その担当者としてAIはうってつけだ。そしてその結果から「知らなかった自分」を知る。これが、一連のプロセスから得られることだ。

 もちろん、分析結果を鵜呑みにする必要はない。AIの指摘に「いやいや、違う」と異議を唱えたっていい。むしろその異議をAIに対して存分に申し立てるべきだ。そこから生まれるAIとの対話もまた、自分を知るきっかけになり得るからだ。言葉にしようとすること、言葉を受け止めること。それがなければ人間の思考、知というものは発展しない。だがこういう「興味の方向性」は、人にはなかなか言いづらかったり(次回作の取材なのであまり公言したくないということだってある)、そもそも存在に気付かなければ話題にすることも出来ない。だがAIなら、見えなかったそれを可視化してくれるし、話の相手にだってなってくれるのだ。あ、でもエロとかバイオレンス方面はダメな。あいつらそこは頑なに拒絶するんで(セーフティロックのようなもの)。

発見した「自分」を伸ばす/深堀りしていく

 気付きの例を挙げるなら——もしかして、創作や執筆に関連する話題をクリップしていても、自分は小説を書く技法より、「小説を書く人間」そのものに意識が向いているのではないか? とか。これは実体験。つまりこれは、俺自身がココナラを通じて「小説を論評するサービス」をしているせいで、その立場からの思考が体に馴染んでしまったのではないだろうか――とか。そんなことに気付くのだ。

 そうして新たな自分の発見があれば、今度は「そのこと」について考えることができるようになる。今までは気付きもしなかった、考えることのなかった方向性、傾向、分野だ。その思考は、良い刺激になり得る。また、その変化への「対処」もできるようになる。あれ、良くない変化だな、と思ったらそこにストップをかけることも出来るだろう。

 良い変化や、兆しが見えてきたのならそれは僥倖だ。新たに知った自分の傾向を掘り下げていく試みからは、きっと新しく「得るもの」があるだろう。新しい能力・技能を獲得する手助けにもなるだろうし、今あるものを伸ばすことにも繋がるはずだ。


記事のおわりに~自己啓発商法ではありません

 新たな自分、ってなんか言葉にするとうさんくさいよね。

 さておき、この「クリップ山ほど蓄積」からの「AIによる傾向分析」コンボはけっこう面白い。何しろね、物書きなんて生きものはたいがい孤独にひとりでチマチマと作業をしていくもの。それがAIという存在によって、「ひとりでいるのに、ひとりじゃない」という環境に身を置けるのだ。話し相手がいる。しかもそいつは乱暴な反論などしてこない! 手厳しい批判もしてこない! なんて楽なんだ!

 知の活動はひとりで進めるものではあるのだが、何か刺激がないと、たいがいの人は知的活動が停滞するもの。ブレーンストーミングや「壁打ち」が欲されるのは、そうした刺激が必要だからに他ならない。知の、言葉のキャッチボール。それが自由に出来るようになったのが、今のこのAI時代なのだ。うん、なんかAI企業の回し者みたいなことになってるが、そんなことを言い出すくらい、AIを使ったこうした試みには知的な刺激が溢れているのだ。

 

 

(了)


【宣伝パート】

下読みの目を個人作品に【セルフプロモーション】

このような仕事はじめました。あなたの作品冒頭を読んで評価。価格もけっこうリーズナブル( ゚∀゚) 文章修行のお供にいかがでしょう。

▼サービスページ


▼内容紹介 note


■著作電子書籍

アーバン・ヘラクレス(デビュー作)


ポセイドン・ランナウェイ(シリーズ2作目)


いいなと思ったら応援しよう!

久保田弥代 チップ!? え、そんなことあるの? マジで?