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ブロムシュテット98歳のマーラー第9番

まずは、デトロイト交響楽団公式のyoutubeビデオをはっておこう。2026年5月10日の最新の演奏会の模様である。

ブロムシュテットは高齢になっても指揮活動を続けているが、さすがにもう肉体の衰えは隠しようもない。
ピアノの椅子に座ったまま、最近ではいつものように指揮棒はもたず、両手を簡素に動かしているだけである。

この直後の、サンフランシスコ交響楽団との同じマーラー第9番の際には体調が悪く、ピアノの椅子で演奏を始めたが、体を支えるのに苦労し、次第に右に傾き、ほとんど横たわるほどになった。第3楽章の演奏中、舞台係が肘掛け椅子を運び込み、より支えのある椅子に移したため、演奏は中断されたという。
その晩はなんとか全曲演奏し終えたが、その後の演奏会はキャンセルになった。

ブロムシュテットは高齢になっても枯れることがなくて、むしろ若々しい演奏になっていったところもあった。
もう高齢になっても結構前になるが、N響でシューベルトのザ・グレートをやった際には、快速テンポの颯爽たる演奏で、こういう歳の取り方の演奏なら聴く価値もあるのかなと思っていた。

だが、そのさらに後にヨーロッパでのコンサート演奏映像を観た時には、さすがに高齢の衰えでもうオケをコントロールする感じではあまりなくなっていた。
本人が指揮活動に情熱と執念を燃やしていて、それを聴きたい聴衆も存在するのだから、それはそれで良いのだが、正直、もう聴く必要はないのかなというのが率直な感想だった。

ブロムシュテットは細かいところまでスコアの読みにこだわって、オケを厳密にコントロールするタイプの指揮者である。
N響団員の話を昔に聴いた際に、やはり伝説だったマタチッチが豪放磊落で細かいことは気にしなかったのに対して、ブロムシュテットはギリギリとオケを締め付けるタイプだったそうである。オケは彼のことを尊敬すると共に恐れていたという。

そういうタイプの指揮者がコントロール能力を失うのは、ある意味致命的である。指揮者の風格などで勝負するわけではないので。

このデトロイトでの演奏ではさらに肉体の衰えが激しい。スコアを見てめくりながら、手を動かすのが精一杯で、オケを導いたりドライブさせているわけではない。
但し、全く指示を出していないというわけではなくて、ソロパートを明示したり、ポイントで気合いを入れるポーズをして、オケを導こうとしたりはしている。

特に第一楽章はとてもスローテンポで、演奏が止まってしまうのではないかと、ちょっと心配になってしまうくらいだった。
だが、遅いせいで曲の様々な声部が克明に聴こえるところもあって、なおかつ枯淡ではなくて不思議に瑞々しい感じである。
第二楽章以降は、調子が出てきたのか、第一楽章ほど極端にスローテンポではなかった。

デトロイト交響楽団とは必ずしもなじみはなくて、何十年ぶりの共演だったという。
デトロイト交響楽団とは、事前に5回もリハーサルをしたという。ブロムシュテットもこのマーラー9番に何を求めるのかを十分話せただろうし、彼のことだから多分細かい技術的要求もたくさんしたのだろう。
だから、オケもブロムシュテットが何を求めているかは理解していたはずである。

但し、実演ではもうオケをコントロールする能力はあまりないので、どうしてもオケの側が自発的に演奏する要素が強くなる。
女性コンサートマスターが、とても感じのよい魅力的な人で、ブロムシュテットに代わってオケをひっぱろうと努力している様子だった。

デトロイト交響楽団は聴いたことがなかったが、アメリカの大オケなので、機能性も高くて技術もしっかりしているので、それでも演奏が崩れたりはしない。この曲は現在のレベルのオケでも難曲なのだろうが、リハーサルを受けてきちんと演奏を組み立ててみせたデトロイト響は見事である。

ブロムシュテットは、本来元気で快活な指揮姿なのだが、さすがにもう表情もなく、暗い感じの目にも見えてしまう。
だが、自分で演奏をつくるというよりは、完全にマーラーの9番に心から耳を傾けていて、オケの演奏を見守っている。
その姿には正直ちょっと打たれるものがある。指揮者としては衰えたが、音楽を心から愛する一人の人間に戻っているようなところがあった。

こういう高齢での指揮には、無論賛否両論はあるだろうが、年老いてテクニックがなくなった落語家が存在するだけで聴かしてしまう、力が抜けきった感じでもある。

マーラーの9番はもう散々聴いてきたので、最近は聴くこともあまりないのだが、だからなのか、聴いていて曲自体もとても新鮮に感じた。

また、死を意識せざるをえない年齢の人間にとっては、やはり深く感じるところがあるのだろうなと感じさせる演奏でもあった。

演奏終了後は、長い長い沈黙を聴衆も保っていた。
ブロムシュテットは、座ったままオケに拍手を続けて、座ったままなんとか方向転換して、客席に挨拶したのだった。
そして、歩行器に自力でつかまると、ゆっくりと自分の力で歩いてステージから去って行った。車椅子にしないのが、ちょっとブロムシュテットらしい。

ブロムシュテットは、7月の100歳の誕生日の6ヶ月前、2027年1月にデイヴィス・センターに復帰する予定だそうである。
ブロムシュテットの高齢での指揮にはやや懐疑的だった私も、こういうありのままの人間に戻った飾らない姿を見せられると、長生きして、元気に素晴らしい演奏をしてもらいたいものだと、素直に願わずにはいられない。


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