ミラー越しの母
母が癌だったことを、私は知らなかった。
手術も終わっていたらしい。
ずいぶん経ってから聞いた。
そのあいだ、私は普通に暮らしていた。
実家から遠く離れた場所で
仕事をして、ご飯を食べて、子育てをしていた。
知らないまま、時間だけが過ぎていった。
最後に母を見たのは、車のミラー越しだった。
いつもそうだ。
ミラー越しに映る母はどこか寂しげで
どんどん小さくなっていく姿を見て
早く家に入ればいいのに、と思っていた。
──私は何も知らなかった。
あとから全部を知った。
手術のことも、
「私には言わない」と決めていたことも。
どうして私だけ。
その思いが、喉の奥に引っかかって離れなかった。
「なんで知らせやんかったん?」
電話口で、そう言った。
「もう知らんわ。心配なんかしやん」
電話の向こうで
大きく息を吸う音が聞こえた。
何かを言おうとして、
結局、言わなかったような気配だけが残った。
本当は、心配していた。
会いに行きたかったし、
何かできることがあったなら、やりたかった。
そんな娘の気持ちや、存在までもを無視されたようで
私の苛立ちは止まらなかった。
それが、最後の会話になるなんて思いもせずに。
母と娘。女同士。
言いたいことを遠慮なく言ってしまう関係。
私はあまりにもきつい言葉を言い放ってしまった。
母はそのあと、別の理由で亡くなった。
四年ぶりに見た母は、棺の中にいた。
すっかり痩せこけて、別人のようになっていた。
──あの日、ミラー越しに見た母は、もういないんだ。
母の顔を触った。
あまりにも冷たかった。

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