よく見えているってどんな世界?
よく見えているってどんな世界?
よく聞こえているってどんな世界?
ぼんやり見えているわたしには
見えないものがたくさんあって。
ぼんやり聞こえているわたしには、
聞こえないものがたくさんある。
それが悲しいと感じるときもあるけれど、
それでよかったと感じるときもある。
逆に、急に全てが見えるようになったり
急に全てが聞こえるようになったら、
わたしはびっくりして
どこを見ていればいいのか
なにを聴いていればいいのか
わからなくなるかもしれない。
視覚障害は情報障害とも言われている。
得たい情報を得ることに努力が必要だし
みんなが当たり前のように目にしている
全ての情報を得ることは難しいからだ。
だから、わたしは昔から自分で情報を調べて
情報をきちんと得られるように努力してきた。
それでも、きっとわたしは持っている情報が足りない。
みんなが当たり前のように知っていることのなかに
わたしが知らないことはたくさんあるはずだ。
外の景色も、建物も、人も、
近づかなければ何が何だかわからない。
テレビに流れる映像も、ラジオから聞こえてくる音も
見ようと思って、聴こうと思うものしか入ってこない。
見たいものがあれば、自分から見る。
聴きたいことがあれば、自分から聞く。
それは、わたしにとって当たり前の日常。
足りない情報が沢山あって、不安になることがある。
災害が起きた時、わたしはちゃんと情報を得られるのだろうか?
目と耳のどちらかが良ければまだいいけれど、どちらも良くない。
家族といっしょにいるときならいいけれど、
一人のときだったら、もしも子どもと二人だったら?
情報弱者として、もしものときのことをしっかり考えておきたい。
ぼんやり見えて ぼんやり聞こえる。
周りのさりげない助けがあるからこそ、
そんな見え方・聞こえ方でも、
実際の視力よりも聴力よりも見えて聞こえる気がするのかもしれない。
人の優しさや暖かさに触れる機会が多いのかもしれない。
それでもやっぱり。
見えるようになってみたい。聞こえるようになってみたい。
「いつか治療できるようになるかもしれません」
その確率はどれくらい?
限りなく低いかもしれない。
それは、わからないけれど
見えるようになったわたしを想像してみるのも面白い。
見える世界もぼんやりな世界も
どっちも見てみたい。
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