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lucid_otter4004
脱走兵だった父
戦時中、シベリア鉄道で抑留される列車から
監視の隙をついて父は飛び降りた!
中国の広大なコーリャン畑の中に…
かき分けかき分け、無我夢中で2日間逃げ続けた
そのうち空腹に耐えきれず民家に潜み 住人が農作業に出かける留守を見計らって 台所で飢えをしのいだ
そして、干された洗濯物を盗み着替えた
幸い中国語が少し話せたので中国人になりすます
歩き続け なんとか街にたどりつくも無銭状態…なんとかせねばと思いついたのが薬売り
偽丸薬
小麦粉と松ヤニを練り丸め、腹痛薬と偽り売りさばいた
今だったら完全に御縄者である
だが不思議とよく売れたらしい
そうして資金を作り日本に逃げ帰った
だが故郷に帰ってみたら 自分の墓が建っていた
戦死公報を受けた両親は あまりにもの変わり果てた風貌に 生きて帰ったことが信じらず暫く呆然としていたという
私にとってはひょうきんな父だった
戦争の話はほとんどしなかった
その時代 いうに言われぬ苦労があったことと思う
これらの話は父の友人や家族に聞いた話だ
ただ日本人の戦争孤児を何人か 飢えて死なないよう中国人家庭に預けたと言っていた
残留孤児の報道を見る時だけは、なにか辛そうな顔をしていた記憶がある
(コーリャン畑はね背が高いから中にもぐると小柄なお父さんは敵に見つからないのよ
列車から狙って撃っても頭の上を素通りしたはず…)
と まだまだその頃は知り会ってもいない母は言う
頑張って生き抜いてくれて良かった!
今の私がいるのもそのおかげ
明日は父の日
お墓参りに行こう…
