僕は僕の記事が大好きであることと不祥事の際はすぐ謝る重要性
なんというわけのわからないタイトルだろうか。だがそれもそのはずだ。このタイトルは僕が記事を書いている途中で決めたからだ。
最初のタイトルは「記事を沢山かける人は自分の記事が大好き」という方向さえ間違えば、ほんわりと炎上しそうなタイトルだった。いや、本当に炎上させたいわけではなく、本当に僕はそのように思っているのだ。
いきなり自分語りしてしまい大変申し訳ないが、僕はnoteを始めて気づいたことの1つに「自分は自分自身のことが結構好きなんだな」という点をあげることができる。だから、タイトルに「記事を沢山かける人は自分の記事が大好き」と書いたのだ。
そう、このタイトルは第三者である他者に向けて書いているのではなく、自分自身に書いているのだ。端的に言えば、自己満noteだ。
僕は自分が過去に書いたnoteを結構見返す。今はフォロワーさんも増えて、有料記事も複数購入してもらってきているので他の方のViewは少しずつ増えてきたと思うが、それでもおそらくその中の2割くらいは僕だと断言できるくらいには見ている。
別にnoteのアルゴリズムに引っかかるようにと思って覗いているわけではない(嘘です。10%くらいあるかも)
僕が頻繁に自分のnoteの記事を見返す理由は、次の記事をさらに洗練されたものにするためにはどう言う反省をすればいいのか知るためだ。
行動経済学者のダニエル・カーネマンが「ピークエンドの法則」というものを唱えている。それは、経験の印象は感情が最高潮に高まった「ピーク」と最後の印象「エンド」でその体験を全体的に価値付けるという説明だ。
例えば、芸能人が不祥事を起こした際に、弁明を引きずるよりも、翌日やその後にすぐさま謝罪や過ちを認めると(ピーク)、その後の会見など(エンド)でそこまで印象を悪くすることなく事なきを得ることがある。これをうまく利用したのが、令和ロマンの高比良くるまさんだと思っている。
彼は不祥事を起こした際にその日だか、翌日に謝罪の動画をYouTubeにアップロードしその後の国民からの印象をひどく落ち込ませることなく済ませることができた。
逆に、これを長引かせたのが、アンジャッシュの渡辺建さんだ。わざわざ説明がめんどくさいので知らない人は「渡辺 不祥事」で調べてほしい。
話が逸れたが、僕はnoteの記事も話のピークとエンドがとても大切だと思っている。
ちなみに僕がnoteをする理由は2つだ。
1つ目は手話通訳者として、試験勉強や試験のノウハウを皆さんに知ってもらうこと。
2つ目は皆さんがクスッと笑ったりすることができる記事を書くことだ。
僕は僕の記事をせっかく見てもらっているなら読んでいる方に笑ってほしいのだ。そのためにはそもそも僕が笑える必要がある。だから、僕の記事の最大の読み手は僕であり、僕の記事の最大の批判者、これも僕なのだ。いろいろと構想を練ってどんな内容にするのか考えている。
よかったらみなさんも僕の過去の記事を読んでみて、クスッと笑った所を見返してみてほしい。
おそらくそこにはピークエンドの法則を使った話し方が散らばっているはずだ。
さて、ここまで書いてきてこの記事に関して全くいいオチが思いつかない。ピークはおそらく作れた(?)がエンドが足りない。
おそらくこの記事も何度も見返して、次の記事の反省に活かすことだろう。
