「心を治す」って、どういうことなんだろう。
「心を治す」って、どういうことなんだろう。
児童心理治療施設。
言葉を分解すると、すごくシンプル。
児童=子ども
心理=心
治療=治す
つまり、「子どもの心を治す」場所。
──なんとなく、わかった気になる。
でも、少し立ち止まって考えてみる。
そもそも「心」って、どこにあるんだろう。
レントゲンには映らない。
血液検査でも出てこない。
触ることもできない。
それなのに、「治す」ってどういうことなのか。
現場にいると、いろんな子どもに出会う。
突然怒り出す子。
物にあたってしまう子。
何度も同じことを繰り返す子。
自分で自分を傷つけようとする子。
一般的には、それは「問題」と呼ばれる。
でも、本当にそうなんだろうか。
例えば、
怒ることでしか、自分を守れなかった子がいる。
疑うことでしか、裏切りから身を守れなかった子がいる。
我慢することでしか、生きてこれなかった子がいる。
その子たちにとって、その反応は「間違い」ではない。
むしろ、その環境で生き延びるために、
必死に身につけてきた“正解”だったかもしれない。
だとしたら。
それを「治す」って、どういうことなんだろう。
児童心理治療施設でやっていることは、
壊れた心を元に戻すことではない。
行動を消すことでも、
正しく矯正することでもない。
やっているのは、もっと地味で、
でも今までに体験してこられなかった、
決定的に重要なこと。
例えば、
怒っても見捨てられない、という体験。
失敗しても関係が続く、という体験。
本音を言っても大丈夫だった、という体験。
言葉で「大丈夫だよ」と伝えることはできる。
でも、人は言葉だけでは変わらない。
「そう感じられる体験」を通してしか、
少しずつ変わっていかない。
だからここで起きているのは、
“治療”ではなく“再体験”。
今までの人生で、
「こうするしかなかった」という選択しか持てなかった子が、
関係の中で少しずつ、
「こうしてもいいのかもしれない」と思えるようになる。
怒るしかなかった子が、
言葉で伝えてみようと思えるようになる。
誰も信じられなかった子が、
「この人なら大丈夫かもしれない」と感じる瞬間を持つ。
それは、劇的な変化には見えない。
むしろ、ほとんど気づかれないくらい小さな変化。
でも、その小さな変化が積み重なると、
その子の「世界の見え方」が変わっていく。
人は怖い → 人によるかもしれない
自分はダメだ → 状況によるかもしれない
失敗したら終わり → やり直せるかもしれない
ここまで来て、やっとわかる。
「心を治す」という言葉の意味が、
少し違って見えてくる。
それは、
壊れたものを元に戻すことではない。
過去を消すことでもない。
その子が生きてきた中で身につけた 、
“生き延びるためのやり方”を否定するのではなく、
関係の中で、新しい体験を重ねることで、
「別の生き方もあるかもしれない」と思えるようになること。
つまり、
「こうしか生きられなかった」から
「こうやっても生きていけるかもしれない」へ。
その“選択肢”を増やしていくこと。
それが、児童心理治療施設で起きていることです。
人は、正しさだけでは変わらない。
関係の中でしか、変わることができないと思っています。
児童心理治療施設は全国に54ヶ所あります。

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