春の気配と私の眩暈
一昨日久しぶりに車で出かけた。桜の開花を知らなくて、食卓の会話から、そう言えば今は桜の時期だと気がつき、出かけていった。
車の中から桜を眺めながら、今年の桜は、どこか艶やかさが薄いように見えた。理由はわからない。ただ、そう感じた。いつもは、薄いピンク色の花は穏やかではあるが、周囲の空気に凛とした晴れやかさを伝え、桜の木々はエネルギーに満ちていて、その場の密度は高いと感じるほどである。
そのときに私が見た桜がそうだったのかもしれない。私の体調が優れなかった、目がかすんでいた、気持ちが沈んでいたなども考えられる。枝の伸びに勢いがなく、桜色の花に輝きが感じられなかった。これでは庭から見える二軒先のソメイヨシノに気がつかなかったとしても不思議はない。
昨年は柿の当たり年で、たくさんの柿を食べた。12月になってもお店に柿が並んでいた。桜にも当たり年などがあるのだろうか。あまり聞いたことはないけれど。
数日前、孫が来るというので料理をし、お菓子を焼き、掃除をした。買い物に行く時間はなかったので、あるものでの献立である。その日は我が家に笑い声が響いた。話を聞いてくれ、話をしてくれる人がいる。時間を割いて会いに来てくれる人がいるのは、本当に嬉しいことだと、家族は笑顔で言った。
夜、お礼のLINEを書いた後、急に天井が回り始めた。良性発作性頭位眩暈症という持病があり、これは年に二回くらいやって来るのだが、このところ頻発していた。ああ、いつもの眩暈が来た、とすぐにわかった。
頭位眩暈症なので、頭の位置を変えなければいいのだが、なかなかそうはいかない。歯を磨くとき、顔を洗うときには下を向かなくてはならないので、スローモーションのようにゆっくりと下を向く。寝るときにはゆっくりと頭を横にする。起きるときにも気をつけようと思いながら、眠りについた。
洗濯物は上を向かずに干した。庭ではバラの新芽は伸びている。シャクヤクは芽を出し始めたもの、中には茎が伸びて葉を広げているものもあり、青いプルモナリアの花もあちこちに咲いていた。庭はすっかり春で、どの植物も静かに季節を進めていた。
今日の見出し写真はそのプルモナリア。株分けをしたら増えていく丈夫な草花で、咲き始めはピンク色なのにそれが青色に変わっていく。一株に二色の花が付いていて可愛い。
私の頭位眩暈症は回復するのにいつもは数日かかる。この世界は不思議な仕組みでできているので、試しに小さなおまじないをしてみたら、眩暈がいつもより早く抜けていった。ひょっとすると、その効果があったのかもしれない。こんなことは初めてでとても嬉しい。
