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生きることについて考える

こんばんは!

今日はふと生きることについて語りたくなりました笑

本当に抽象的なことしか書けませんが、うまく落とし込んで書いてみます!

まずこちらの本の引用から出発します。

はじめはAI目的でこの本を読んでいましたが、読み進めていく内に、本の終章にこんな質問がありました。

「自分の人生、生きている間

・正直、自分と家族、身近な人がハッピーであればそれでよい

もしくは

・世の中に何か価値を残したい」

自分はどうだろうと考えました。

多くの人は後者でありたいと願うわけですが、確かに自分と周りの人が幸せであればそれで良い、十分と思う自分もいました。

例えば好きな推しがいて、ライブに行くためにお金を稼ぎ人生を謳歌する。十分すぎるくらい立派な生きる理由の一つです。

好きなように生き、自分の幸せをつかみ取るための馬力。


一方、可能であるならば後者になることができれば、前者の何十倍もの質的幸福を感じられるとは思います。

ですが世の中に価値を残すというのは一握りの人間にしかできない難しいことであるように感じました。

では少し深堀りして、価値とは何でしょうか?


価値とは?


今回は価値のことを一旦「希少価値」にフォーカスして考えます。

”VUCA時代”という言葉は多くの方が耳にしたことがあるのではないでしょうか?

”VUCA時代の生き残り戦略”みたいなのはよく聞きます。

そのなかでもやはり圧倒的に多いと感じるのが、「代替不可能な存在になること、希少な存在になる」ということです。

希少であるということにはイメージの通り社会にとっての価値なのですね。

これはどうやら生物領域や経済領域でも当てはまるようです。

貴重な人材になるため、自分の得意分野をいくつかもち、それが重なり合った部分を強みとするアプローチが取り上げられます。

(https://totonoesan.com/will-discovery/から引用)
やりたいこととは違いますが、概ねこういう円が重なったやつ

これらによって晴れて希少になることができれば、世の中に価値は残せそうですね。


でもあえてこの記事では批判的に言います。

「希少人材になることは誰にでもできることではない」

ここから大分僕の個人的な見解に入っていきます。


希少になるのは誰にでもできそうではない


希少になれば、確かに前半で述べた、社会に価値を残すということはクリアできそうです。そして結果的に幸福を感じられるでしょう。

「希少=自分にしかできないことと」もいえると思うのですが、これ結構難しいですよね?

案外、自分ができることはほかの人でも代替可能なことばかりです。

例えば僕は楽器が弾けて、多少の高校の勉強を教えることぐらいはできますが、その程度では希少とは言えません。

ズバリこれは希少は集団のなかでのことを指しているからだとも思いました。

結局希少は周りの人と比べて珍しいということになってしまうため、周りの人の優秀さに左右されてしまいます。

他者との比較という意味では非常に不安定な生きるの形のように感じます。

希少になるのはあくまで生き残りのためであって、生きる意味とはなりえないという結論に至りました。


生きる意味があるとしたら?


突然ですが、「使命」ってあるとおもいますか?

もしあるならばそれは生きる意味となりえるかもしれません。

聖書の中では、人間は使命を与えれらえているという見方がされていて、すなわちそれが人々の生きる意味となっていました。

ところで、この「使命」を現代風に当てはめると、先ほどの希少のように

「使命=自分にしかできないこと」と、とらえられるでしょうか。

僕は

「使命=自分にしかできないこと」ではない

と思いました。

言葉のニュアンス的に「与えられたもの=自分にしかできない」と抱きがちです。

使命を僕なりに訳すと、「自分の人生において何かが起きたとき、自分がなすべきことをなせるか」のように感じました。

夜と霧の著者ヴィクトールフランクルの名言を取り上げます。

人生から何を我々はまだ期待できるかが問題なのではなく、むしろ人生が何を我々から期待しているかが問題なのである。

「自分の人生で”生きる意味”を探そうとするのではなく、むしろ人生を生きている中で起こる様々な”問題や問い”に答えるという姿勢が重要である」ということ


生きていればやはり必ず何かが起こります。

身近な人が倒れたり、悩みを抱えたり、トラブルに巻き込まれたり…

もしそれらを人生から問われている瞬間ととらえると

そんな時に自分は行動することができるか、解決に導くことができるか。そしてそれに足る学を持ち合わせているか。


何かが起きたその瞬間のために知識をつけ待機している、そんな気持ちで僕は最近は生きているかもしれません。

確かにそのために身に着ける知識や技術は別に自分じゃなくてもできることかもしれません。希少じゃないかもしれません。

でもその瞬間、その場所には自分しかいないのだから。それは一種の代替不可能ともいえるかもしれません。


あとがき?


最近はもっぱら自分の興味が情報系から、生物や医学系に移りつつあります。なんか最近は自分が幸せであるかよりも、社会に還元できることについて興味があります。

またいろいろ読書して投稿しようと思います!

拝読ありがとうございました!







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