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【読書感想文】村上春樹は書評やレビューを読まないらしい?

読書感想文について。

村上春樹はこう語ります。
「僕はできるだけ書評や映画評のたぐいは読まないようにしています。ベイシックな情報だけを仕入れます。」
『村上さんのところ』p254より。

村上春樹は書評を読まないんですね。

私は書評が好きで、
毎週末の朝日新聞、日経新聞、
読売新聞の書評ページを
朝、じっくり読むのが楽しみです。

でも、書評は
まるで、取り上げる本を
読む側に買わせよう、
手に取らせようという想いが
陰に陽に込められていますよね。

毎週末、書評を読んでいては
毎週、本を2〜3冊買いたくなります。
ヤバいです。
書評は、その扱う本のレベルを
フェアに伝えるべきではないか!
でも、実際の書評は
少し?かなり?ゲタを履かせて
書かれていますね?

そうした「不満」を伝えたら
書評ライターさんは
「だって、買いたくなるように
買くのが書評やレビューの
役割ですからね」と
飄々と答えました。

そっかあ。
書評をまんま信じ過ぎては
それは私が愚かだってことなんですね。

やれやれ。

これからは、書評には
買わせたくなるように書いてあることを
忘れないようにしようと
胸に刻みました。

村上春樹が
書評やレビューを読まないのは、
書評の根底にある想いに
警戒心が働くからだそう。

またさきほどのコラムの
続きを引用します。

「これをこんな風に書いておいたら、
人は感心してくれるだろう、みたいな
姿勢で書かれているものが時々あるみたいに感じませんか?」
『村上さんのところ』p255より。

書評には、
村上春樹が指摘するような、
こう書けば読んだ人に感心される、
といったテンプレートがある、
というのは確かで、
自分の胸に手を当てると、
やはり後ろめたくなりますね。

私自身、たしかに、
読書感想文をnoteに書く時、
取り上げる本を誉めたくなって
書評的なテンプレートを使って
しまっている場合があるからです。

締めくくり方とか、
読む人をいざなうフレーズを使うとか
たまにですが(汗)、
つい、そうしたテンプレートな
フレーズを書いてしまうんです、
無意識のうちに(汗)。

こうなると、
真摯な読書感想文を書くためには、
まずは、テンプレートな文章を
書かないと誓う必要がありますね。

さて。
書評を読まない村上春樹は、
どうやって、読む本、読まない本を
決めているでしょうか?

また、さきほどのコラムから
引用して締めくくります。

「まず自分の嗅覚で本や映画を選び、
自分の感覚でそれを評価する習慣を
つけられるといいと思います。」
『村上さんのところ』p255より。

要諦は、嗅覚を磨いていくこと。
嗅覚かあ?

最近、自分の嗅覚は
硬くワンパターン化しつつあるから、
敢えてこのテーマを書きました。

普通は読書をし続けていれば、
嗅覚も磨かれていくはず。

でも、年を取り、老いていき、
感覚も叙々に鈍り出していきます。
それを抗うには
どうしたらいいでしょうか?

昔は自分の感覚や感性だけを
バリバリに信用して、
自分のアンテナに引っかかる本は
片端から買ったり読んだりしてました。

でも、若い二十代の欲張りな感性に
従っていたら、
やたらに暴走して、
めったやたらに買ってました(笑)。

50代も後半になると、
アンテナもかなり臆病になり、
昔なら買っていた本も
今では買わなくなります。

何日か立ち読みを繰り返して
結局は買わないですね。

ずいぶん臆病になったもんです(汗)。

今はまずアンテナを若い頃のように
磨いていこうと思います。

年を重ねたら、
ついついアンテナや好奇心が
臆病になりますから。

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