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【文豪】人生50代、谷崎の凄さが分かって来る...

このゴールデンウィーク、
宮沢賢治の文庫を3冊読もうと
買っていたのですが、
今のところ開いてさえいません。
(汗)

10日以上あったのに、
時間はあっという間に過ぎるというか
宿題みたいに自分に何か課すと
たいてい何もせずに終わってしまう。

さて。
とりこぼした宿題をこの土日で
リベンジしようと思います。
往生際が悪いタイプ…(笑)。

今のマインド的には、
宮沢賢治よりは
筒井康隆を、いや
筒井康隆が絶賛する
谷崎潤一郎を読みたい気分。

この週末は、
『春琴抄』
『痴人の愛』
『卍』
『蓼食う虫』
『陰影礼讃』
『文章読本』あたりを
読み返してみたい。

谷崎潤一郎も、
筒井康隆と同様に
若い頃はあまり良さが
分からなかった作家の一人でした。

漱石や太宰ら人生の意味を問うタイプの
作家や小説にばかり惹かれてました。

谷崎潤一郎は
そんな哲学的なテーマに
ダイレクトに向かうより、
エロスを追求したり、
美を追求したり、
人間の愚かさを描写したりした。

一日でも早く、
生きる意味を手に入れたかった
若い頃の私は
そんな谷崎の悠揚とした創作姿勢が
どうもピンと来なかったんです。

でも、人生の意味は
そう簡単には分からないでしょう。
それに人生、意味を求めるばかりでは
片手落ちになるのではないかしら?
また、人生の意味などは
自分の手で見つけ、
捕まえるたぐいのものであって、
過去の偉大な作家や小説に
頼っていては、
いつまでも、ほんとうに生きる意味が  
分からないだろうと思ったり。

そんな姿勢になってみれば、
谷崎潤一郎や筒井康隆という
作家が気になり出すんですね。

ただ、谷崎潤一郎も筒井康隆も
人生哲学がない訳ではないですね。

夏目漱石や太宰治や三島由紀夫ら
直球で人生の意味を文学的に
見つけようとしたタイプでしたが、
それでは美学的にはイキじゃない、
もっと美的に愚かに追求したいぞ、
そう考えたのが
谷崎潤一郎であり、
川端康成辺りなんでしょう。

方法論がちがうだけなんですよね。

哲学では「真・善・美」という
3つの真理があるとされますが、
「真」を追求したのが
漱石や太宰や芥川や三島だとしたら
美を追求したのが
谷崎や川端でしょう。

私も50代後半になって
やっと「真」以外の価値に
目覚め始めたのでしょうか。
ちょっと遅かったな(笑)。

でも、読書に遅過ぎることは
ありませんよね。
今から、谷崎、いっぱい読みます。

さあ、明日からの週末は
谷崎三昧で暮らしたい。

意味を求めるという病から
私もやっと解放されて、
自在な心で読書を楽しめるように
なったらしい!

小説は自由な媒体ですから、
どんな趣向のものも
五分の魂が宿っているんですね?

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