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私は、誰の前でも同じじゃない

同じ”私”なのに
会う人によって
少しずつ違う顔をしている私がいる。

そんなことを、私は日常的にやっている。

時々思う。
どれが本当の私なんだろう、と。


誰かの前ではよく笑う。
誰かの前ではかなり強気になる。
また別の人の前では
驚くくらい素直で甘えていたりする。


並べてみると
どこか一貫性がないようにも見える。

でも
それはどれも私で、偽りではない。


相手との関係性の中で
その時の私が自然に出てきているだけ。

無理に作っているわけでも
演じているわけでもない。

ただ、
その人との間に流れている空気に
いちばんなじむ私でいるだけ。

そう思えたとき。少し楽になった。

ひとりの人にすべての自分を見せることが
”誠実さ”だと思っていたころは
どこかで無理をしていた気がする。



この人にはこの私も見せなきゃ。
あの人に見せている自分と矛盾しないようにしなきゃ。

そんな風に
自分をひとつにまとめようとしていた。

でも本当は
そんな必要はなかったのかもしれない。

人は、ひとつの面だけで出来ているわけではない。

いくつかの側面があって
そのどれもが状況や関係によって現れてくる。

だから私は今
隠しているわけでも
偽っているわけでもなくて
その場に、どの私を置こうか、と
選んでいる感覚。

ある人には、軽やかな私を。
ある人には、少し陰のある私を。
ある人には、安心して力を抜いた私を。
全部をひとりに見せることだけが
正直さじゃない。


こんな風に自分を分けていて
本当にいいのか、そう不安になることもある。

でも
私はひとつの完成された存在として見せるよりも
変化していく面白さを感じてほしい。

それでいい。
それがいい。

この積み重ねが
私の正解としての生き方なんだと思う。



ここは「感情の保健室」

正解より、本音を。

答えは変わってもいい。
正解はひとつじゃない。

生きるということは、毎日が実験なんだ。





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