日本製鉄。1,000億円の上方修正で、実力は増えたのか
*この記事は特定の銘柄の売買を推奨するものではありません。企業の数字をどう読むかを考える教育コンテンツです。数字は決算発表資料に基づいていますが、正確性を保証するものではありません。投資の最終判断はご自身の責任でお願いします。
この記事で分かること
上方修正なのに「実力」が増えていない、という読み方
鉄鋼株を見るときの「在庫評価差」という項目
PBR0.5倍のまま動かない株価を、どう考えるか
上方修正の中身が、少し変わっていました
日本製鉄(5401)が2027年3月期の通期予想を上方修正しました。事業利益は5,300億円から6,300億円へ1,000億円の増額。純利益も2,200億円から2,900億円へ引き上げています。
ところが同じ資料の中で、実力ベース事業利益は7,000億円のまま据え置きでした。前回公表からの変化はゼロです。
利益予想は1,000億円増えました。
でも、実力は増えていません。
この差が、今回の決算のポイントだと見ています。
私がこの会社で見る物差しは「実力ベース事業利益」
鉄鋼は原料を仕入れてから製品として売るまでに時間がかかります。その間に原料価格が動くと、会計上の利益が実際の商売とは別の理由で増えたり減ったりします。
これが在庫評価差です。
日本製鉄は在庫評価差を除いた「実力ベース事業利益」を、参考指標として開示しています。本業の収益力を見るには、この数字が有効な物差しになります。
そこでこの会社では、物差しをこう置いています。
事業利益ではなく、実力ベース事業利益を見る。
ここで用語を整理しておきます
事業利益:本業のもうけ。日本製鉄がIFRSで採用している代表指標
在庫評価差:原料価格の変動によって生じる、会計上の利益の増減
実力ベース事業利益:事業利益から在庫評価差を除いたもの
ここで押さえておきたいのは、同じ「実力ベース」でも会社によって除くものが違うという点です。
トヨタの記事でも実力ベースの利益を物差しにしましたが、そこで除いたのは為替影響と一時要因でした。自動車は為替で利益が大きく動くからです。
日本製鉄が除くのは在庫評価差です。原料を仕入れてから製品を売るまでの時間差が、この業種の利益を動かすからです。
企業ごとに見る物差しが違うのは、こういう理由です。同じ言葉を使っていても、中身は業種の構造で決まります。
1Qの数字を分解すると
第1四半期の事業利益は1,455億円で、前年同期比+535億円でした。一見すると好決算です。
ところが会社の開示する差異分析を見ると、内訳はこうなっています。
実力ベース事業利益:▲650億円
在庫評価差:+1,120億円
営業外・連結調整等:+70億円
在庫評価差の+1,120億円がなければ、事業利益は減益でした。
実力ベース事業利益そのものは、前年の1,736億円から1,084億円へ減少しています。
ただし在庫評価差は、プラスにもマイナスにも振れる項目です。前年の第1四半期は▲620億円のマイナスで、そのときは実力より低く見えていました。今期はそれが+502億円のプラスに転じたため、差が大きく出ています。
つまり、今回の増益だけでは「本業が強くなった」とは言えません。だから私は実力ベースを見るようにしています。
減ったのは国内、増えたのは海外
実力ベース事業利益の▲650億円を地域別に分けると、構造がはっきりします。
国内:▲940億円(うちマージン悪化が▲830億円)
海外:+290億円(うちU.S. Steelが+320億円)
国内は原燃料コストの上昇と中東向け鋼材輸出の減少で、マージンが大きく削られています。一方でU.S. Steelは、買収後はじめて四半期ベースで収益に貢献しました。
通期の上方修正も、同じ構図でした
通期の実力ベース事業利益7,000億円の内訳は、国内3,800億円(前回から▲900億円)、海外3,200億円(前回から+900億円)。国内の下方修正を、海外がちょうど埋めた形です。
そのうえで、上方修正1,000億円の中身は在庫評価差+700億円と営業外・連結調整等+300億円でした。実力ベースの部分は動いていません。
なお1Q時点のROEは年率換算で5.4%です。2030年度に向けた目標のROE10%程度に対しては、まだ半分の水準にあります。
会社が掲げている目標
2025年12月に公表された「2030中長期経営計画」では、次の目標が示されています。
連結実力利益 1兆円以上(2026〜2030年度)
ROE 10%程度(2031年度以降は10%超)
配当性向 30%程度を目安
下限配当 24円(2026〜2030年度)
5年間で6兆円規模の設備投資・事業投資
注目したいのは下限配当です。利益が大きくぶれる業種で、5年間の下限を先に決めています。今期の配当24円も、この方針に沿って据え置かれました。
一方で、2026年度の設備投資は14,300億円の計画。減価償却費7,000億円のちょうど2倍です。1Q末の有利子負債は4兆8,007億円、D/Eレシオは0.76倍でした。
鉄鋼は装置産業で、電炉転換などの脱炭素投資は業界共通の負担です。日本製鉄だけの事情ではありませんが、投資が償却を大きく上回る局面が続く点は、財務の見方として押さえておきたいところです。
株価シナリオ
あくまで個人の整理として、3つのシナリオで考えています。
前提となる数字は、会社予想EPS55.00円、BPS約1,078円(親会社帰属持分5兆6,361億円÷自己株控除後の株式数)、配当24円です。現在の540円前後は、PER約9.8倍、PBR約0.50倍、配当利回り約4.5%にあたります。
シナリオ① 下期に実力が戻る
下期の実力ベース事業利益4,500億円(年率9,000億円)を達成し、U.S. Steelが1,800億円以上を確保。2027年度以降の1兆円に向けた道筋が見える展開です。
この場合、PBR0.6〜0.7倍、PER11〜13倍、配当利回り3.5〜4.0%。株価レンジは650〜750円。以前の高値圏を試す水準です。
シナリオ② 在庫評価差頼みが続く
国内のマージン悪化が続き、実力ベース7,000億円には届かない。それでも下限配当24円は維持され、U.S. Steelの貢献も続く展開です。
この場合、PBR0.50〜0.58倍、配当利回り4.0〜4.5%。株価レンジは540〜620円。現在値を挟んだ水準です。
シナリオ③ 国内の悪化が深まる
中国の過剰生産に伴う安価な鋼材輸出と中東情勢の影響が長引き、国内マージンがさらに縮小。6兆円規模の投資が財務に効いてD/Eレシオが上昇する展開です。
この場合、PBR0.44〜0.50倍、配当利回り4.5〜5.0%。株価レンジは480〜540円。現在よりさらに市場の評価が下がった場合の水準で、直近の安値圏を下回ります。
*これは株価を予想したものではありません。各シナリオが実現した場合に、現在の会社予想とPER・PBR・配当利回りをもとに市場がどの程度評価する可能性があるかを整理した参考レンジです。前提が変われば水準も変わります。
私が追い続けたい数字
① 実力ベース事業利益:通期7,000億円に届くか。下期は年率9,000億円が前提になっています
② U.S. Steelの利益:会社計画どおり通期1,800億円以上を確保できるか。海外が国内の穴を埋める構図が続くかどうかです
③ 国内のマージン:▲830億円の悪化が止まるか。原燃料コストと輸出環境の両方が効いています
事業利益が増えても、在庫評価差で増えた分は来期に剥落する可能性があります。この会社の決算を見るときは、事業利益より先に実力ベース事業利益を見る。会社自身が参考指標として開示しているため、そこを起点にすると景色が変わります。
*本記事は教育目的のものであり、特定銘柄の売買を推奨するものではありません。数字は会社発表の決算短信および補足説明資料に基づく整理ですが、転記・計算の誤りがある可能性があります。BPS・PBR等は筆者による概算です。株価・利回りは執筆時点のものです。正確な数値は必ず会社発表の資料をご確認ください。投資の最終判断はご自身の責任でお願いします。

