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エッセイ:連続投稿100日を機に、これからのことを



はじめに

note毎日投稿、ついに100日を迎えました。
飽き性の僕にとっては奇跡のようなこと。
続けられたのは、読んでくれたあなたのおかげです。本当にありがとう。

これまで、充電期間からの日々のジャーナリング、小説、Mind Log、詩などなど──思うままに投稿してきました。
どういう経路でここまで辿り着いたのか気になる方は、ぜひマガジンなど過去の記事を追ってみてください。
(大した告白はしていませんが…)

ありきたりな言葉ではありますが、「継続は力なり」を実感できた期間でした。
特に小説(物語)を書けたことは、この上ない収穫でした。
まさか自分が──と思うほどに。

レビューや感想を頂けたのも、本当にありがたく嬉しいことです。
ただ最近は、現実世界に少し影響が出るか出ないかの境目を漂っていて、(創作に振りすぎたのかもしれません)
ここで一度、しっかりリアルに根を張り直そうと思います。


振り返り

もともと怠惰な性格なので、noteの「毎日投稿」にこだわるのは自分には合っていないと判断しました。
これからは、自分のペースで発信していきたい。いい感じの距離感を保ちながら。


承認欲求と向き合う自分

小説を書いていく中で、たくさんの気づきがありました。
特に直近の『デイトリッパー』の結びでは、「ありのままでいたい」という気持ちにたどり着いた気がします。

いや、もしかしたら物語を通じて、本音を叫んでいたのかもしれない。
心から溢れ出て生まれたものは、まるで我が子のようで、幾つになってもその感情の誕生は末恐ろしい。

そして僕は、その“我が子”を見てもらおうとする。
評価を求めて、承認欲求が芽生えてくる。
今までニッチな活動をしていたからこそ、それが危うい感情だとわかっていても、
妄想というモンスターが内側で暴れ始め、心がかき乱されていく。


創作大賞をきっかけに気づいたこと

創作大賞の中間審査が発表された頃から、知らず知らずのうちに気分が重くなっていました。
自分の作品どうこうよりも、他の方の記事を見ているうちに、心が疲れていったのです。

(以前のエッセイにも書きましたが、僕にとっては「基準」ができることで創作意欲が湧く、ありがたいきっかけのはずでした。)

でも、明らかに熱が冷めている人たちを見て、どこか寂しくもありました。
コンテストに対する気持ちなんて、普段の積み重ねそのもの。
悲しいとか嬉しいとかって、結局は“評価”への感情なんですよね。

「自分が頑張って作品を完成させたなら、それで十分じゃないか!」
──そう叫びたくて、必死で堪えていました。

他者の嘆きを見て、励ましたいよりも矛盾を感じてしまった。
そんな自分にまた嫌気が差していく。
けれどそれも、甘さや油断の一部なんだと思います。

書く理由は人それぞれ。
血の滲むような努力をできる人はほんの一握り。
そして、審査をしているのもまた人間。
その当たり前を、少し忘れていました。
今読み返しても、その時の温度感に少し引いてしまう自分もいます。


書く理由の再確認

やらなきゃ、すべきだ──そんな見えない圧に引っ張られ、気分の波が激しくなる日もありました。
数を求めることも大切かもしれない。
でも、ある程度の仕組みが見えてくると、急に冷めてしまう。
それが僕の性格であり、根底にある自己肯定感の低さの証でもある。

「物語を書く」ことは続けたい。
でも、今は何を伝えたいのか自分でもわからない。
書くことでまた同じループに戻るのなら、
一度抜け出して、自分の“心地よさ”を取り戻したい。


モヤモヤの正体

100日目が近づくにつれ、区切りとして過去を振り返っていました。
でも、なんだか悶々とする日々が続いていた。

なので、ひとまず止まってみることにしました。
楽しめなくなった時こそ、考えどきかと。

完璧を手放す。
全て自分のタイミングでいい。
無理をしない、背伸びしない、苦手なことはできる時だけにする。
休みたい時はスーッと休む。
書きたい時に書きたいだけ書く。
うまくサボる。ズルをする。肩の力を抜いていく。

スキ返しやフォローバックも、軽やかに。
無理な交流はしない。モヤモヤすることはしない。

義務がつらかった。長かった。
でも、よく頑張ったなと、今は素直に思える。

そもそも、この世界に“重要な責任”なんてない。
noteの世界も、リアルも、同じように循環している。

創作をして、反応が返ってくるだけで嬉しかったあの頃。
あの気持ちを、また思い出したい。


今後について

これからは、noteやTALESにタイミングでログインします。
知らないうちに連載していることもあれば、1週間いないこともあるかもしれません。

そんな感じで、ゆるくペースダウンして、書きたい時に書く。
読みたい時に読む。淡々と、それでいい。

時には好きな作家の本や映画に浸り、noteの存在を忘れるくらい、
何か別のものに熱中していたい。
人生の愚痴を書くこともあるかもしれません。

辞めるとか続けるとかではなく、ただフェーズが変わっただけ。
スピっていません。心境の変化です。

いつもスキをくれた方、フォローしてくださっていた方、
本当にありがとうございます。

でも、すべてに目を通し、すべてに共感し、すべてに感謝を返すのは──
僕には、ちょっと難しいみたいです。

神経質すぎるのかな、と思うこともありますが、
まぁ、いっか!という心境です。

感謝の気持ちだけ、伝われば嬉しいです。


最後に

100日経ったからといって、劇的に何かが変わったわけではありません。
でも、確かに何かが「抜けた」気がします。

数字よりも、流れよりも、
これからは自分の呼吸で書いていく。

それが今の、僕の答えです。

変化を恐れず表現し、ありのまま気ままに。
自由に動いて、感情が動くままに。
すべて、自分のタイミングで。

──循環の在り方


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