第5部古墳時代(2)部の民(べのたみ)の暮らしー氏姓制度ー

#1  名もなき人々の一日
朝の光が山の端から差し込み、竪穴住居の屋根の隙間から細い光が落ちた。
タチは囲炉裏の火を見つめながら、おばばの語りを待っている。
今日は、神話でも豪族でもない――“名もなき人々の暮らし” の話だ。
おばばは炭を寄せ、ゆっくりと語り始めた。
■ ムラの朝 ― 土と煙の匂い
「さて、今日は“古墳時代の庶民の暮らし”の話じゃ。
お前たちの祖先が、どんな家に住み、どんな仕事をし、
どんな思いで生きていたか――その姿を語ろう」チが目を輝かせる。
「豪族とか天皇じゃなくて、普通の人の話なんだな」
「そうよ。歴史の教科書には出てこんが、
国を支えたのは、こうした名もなき人々じゃ」おばばは続けた。
「朝になると、竪穴住居の中はまだ薄暗い。
土の床はひんやりして、外からは鳥の声が聞こえる。女たちはまず火を起こし、粥を炊く。
男たちは田畑へ向かい、子どもたちは水を汲みに行く」タチがうなずく。
■ 田部(たべ) ― 農民の一年
「庶民の多くは“田部(たべ)”と呼ばれる農民じゃった。
田部は豪族や大王に仕え、田を耕し、収穫の一部を納めた」おばばは手を広げる。「春は田をならし、夏は草を刈り、秋は稲を刈り、冬は縄をなう。
一年中、休む暇はない。だが、収穫のときはムラ中が喜びに包まれた」
タチがぽつりと言う。「農民って、昔から大変だったんだな」
「そうよ。だが、彼らは自分の田を誇りにしておった。“わしの田がムラを養う”という誇りじゃ」
■ 技術の民 ― 氏姓制度の専門職たち
おばばは火を見つめながら続けた。「古墳時代には、専門の仕事をする“氏族”がたくさんおった。
鍛冶の多氏、陶工の陶部、機織りの秦氏、馬を育てる馬飼部、海で漁をする海部、祭りを支える忌部、木工の氏族、運搬の品部――それぞれが自分の技を誇りにして生きておった」
タチが目を輝かせる。「じゃあ、これからその人たちの話をするんだな」
「そうじゃ。彼らは豪族のために働いたのではない。“自分の技を守るため”に働いたんじゃ」
■ 鍛冶場の音、窯の熱、海の匂い
「鍛冶の多氏は、朝から鉄を打つ音を響かせた。火花が散り、鉄が赤く光り、その音はムラの“心臓の鼓動”のようじゃった。陶部は窯に火を入れ、須恵器を焼いた。窯の中は千度を超える熱。土の器が青灰色に変わる瞬間は、まるで魔法のようじゃ。
海部は夜明け前に舟を出し、網を引き、貝を拾い、海とともに生きた。
海は豊かじゃが、時に命を奪う。それでも彼らは海を愛しておった」
タチが息をのむ。「なんか…どの仕事も“生きてる”って感じがするな」
「そうよ。昔の人は、仕事そのものが“生きること”じゃった」
■ 祭りと祈り ― ムラをつなぐもの
「ムラには“祭り”があった。豊作を祈り、雨を願い、病を追い払うための祭りじゃ。
忌部は祭りの準備をし、巫女は神の言葉を伝え、男たちは太鼓を打ち、
女たちは歌をうたい、子どもたちは走り回った。祭りの日だけは、
貧しい者も、病の者も、働き者も、みんなが同じ場所に集まった」タチが静かに言う。「祭りって、ムラの“心”だったんだな」
■ 巨大古墳と庶民 ― 土を運んだのは誰か
「そして、巨大古墳じゃ。あれを作ったのは豪族ではない。庶民じゃ。
田部、土部、品部、木工、陶部――あらゆる氏族が動員された」タチが眉をひそめる。
「大変だっただろうな」「大変じゃった。だが、庶民はこう思っておった。
“この大王のもとで、わしらは生きている”
“この墓は、わしらの時代の証だ”誇りと苦しみが、土の中に混ざっておる」
■ 名もなき人々の物語へ
おばばは立ち上がり、炭を整えた。「さて、ここからが本番じゃ。次からは、1話1氏族で、
名もなき人々の“生きざま”を語っていく」タチの目が輝く。「鍛冶の人、陶工の人、海の人…
みんなの話が聞きたい!」おばばは微笑んだ。「では次は――鍛冶の多氏(おおし)。鉄を打つ音が、国を変えた人々の話じゃ」囲炉裏の火がぱちりと弾けた。タチの胸の中にも、古代の民の鼓動が響き始めていた。
(つづく)


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