SaaS企業の理論株価をDCFで算出してみた|マネーフォワード(3994)全プロセス公開

この記事を読むと何ができるか

  • 決算資料から必要なデータを抜き出せる

  • DCF法を使ってSaaS企業の理論株価を自分で計算できる

  • リスク要因を上振れ・下振れで整理できる

  • プロのアナリスト予想と自分の計算を比較・検証できる

対象読者はこんな人です:

  • 株を買い始めたけど、銘柄の選び方がなんとなくになっている

  • DCFやWACCという言葉は知っているが、実際に計算したことはない

  • ファイナンスを勉強中で、理論を実際の企業に当てはめてみたい

  • 金融業界への就職・転職を考えていて、企業分析の実務感覚を掴みたい

逆に、すでに自分でモデルを組める人には物足りないかもしれません。

今回の題材はマネーフォワード(東証プライム:3994)。2026年4月に黒字転換を発表した注目銘柄です。

なぜSaaS企業の分析にDCFが必要か

PERやPBRといった一般的な指標は、「今の利益」や「今の純資産」を基準にします。これはすでに利益が安定している成熟企業の評価には使いやすい。

ただSaaS企業は構造が違います。先行投資で赤字が続き、ある時点から急激に利益が拡大する。マネーフォワードもそうで、長年赤字だったのに株価は高かった。これを「割高だ」と切り捨てるのは、評価の枠組みが間違っています。

DCF法(割引キャッシュフロー法)は「将来生み出すキャッシュ」を現在の価値に換算して株価を算出します。利益がゼロでも将来の成長を織り込める。SaaS企業の評価に最も適した手法です。

業績サマリー|直近の数字を確認する

DCFの計算に入る前に、足元の業績を整理します。数字はすべて公開資料からの引用です。

直近(2026年11月期 第1四半期)


(出所:2026年11月期第1四半期決算短信 1ページ)

前期通期(2025年11月期)との比較

出所:2025年11月期決算短信 1ページ)

会社ガイダンス(2026年11月期通期)

(出所:2025年11月期決算短信 2ページ)

中長期財務ターゲット

  • FY2028(2028年11月期):BusinessセグメントEBITDAマージン30%以上

  • FY2030(2030年11月期):AI関連ARR 150億円以上

(出所:2026年11月期第1四半期決算説明会資料)
使う資料

今回の分析で使用した資料は以下の通りです。すべて無料で入手できます。

  • 2026年11月期第1四半期決算短信(TDnetまたは会社IRページ)

  • 2025年11月期通期決算短信・決算説明会資料

  • 有価証券報告書(第14期)

  • β値:Investing.com(5年月次実績値)

  • アナリスト目標株価:各社公開情報

ステップ1|ネットキャッシュを計算する

DCFでは「事業が生み出す価値(事業価値)」に「手元の現金超過分」を加えて株式価値を求めます。まず現金と借金の差額(ネットキャッシュ)を確認します。

データの抜き出し方

貸借対照表の「流動資産」欄から現金を、「流動負債・固定負債」欄から有利子負債を拾います

(出所:2026年11月期第1四半期決算短信 7〜8ページ)

マネーフォワードは現時点で約328億円のネットキャッシュ(実質無借金)状態です。

【実務メモ】 より精緻に計算する場合、買取債権(2,280百万円)を現金同等物に加算し、リース負債(4,773百万円)を有利子負債に加算するのが一般的です。それでもネットキャッシュは約300億円規模で変わりません。

ステップ2|FCF(フリーキャッシュフロー)を予測する

DCFの核心は「将来のFCFを現在価値に割り引く」ことです。FCFとは、事業が実際に生み出す現金のことです。

FCFの計算式

FCF = EBITDA − 設備投資(Capex) − 税金 − 運転資本増加

SaaS企業の場合、設備投資の大部分はソフトウェア開発費です。マネーフォワードのQ1ソフトウェア増加額は936百万円(年換算約37億円)です。

会社の中期目標を使う

マネーフォワードは「FY2028にEBITDA 270億円以上、事業CF 180億円以上」という中期財務目標を公表しています。180÷270=約67%。つまり会社自身が「EBITDAの約67%が事業CFになる」と言っています。これをFCFの変換率として使います。

シナリオ設定


シナリオの前提は分析者によって変わります。会社目標をそのまま信じるか、割り引いて考えるかは、事業の理解度と判断力が問われます。ここが「自分の分析」になる部分です。

ステップ3|WACC(割引率)を計算する

WACCとは「投資家がこの会社に求める最低限のリターン率」です。これより低いリターンしか期待できない投資はNPV(正味現在価値)がマイナスになり、価値を破壊します。

計算式はCAPM(資本資産評価モデル)を使います。

株主資本コスト(Ke)= リスクフリーレート + β × マーケットリスクプレミアム

βとは何か: 市場全体が1%動いたとき、この株が何%動くかを示す指標です。Investing.comやYahoo Financeで銘柄名を検索すると確認できます。

WACCの計算

WACC = Ke × 株式の割合 + Kd(税引後) × 負債の割合

マネーフォワードのように時価総額が有利子負債を大きく上回るグロース企業の場合、時価ベースの株式ウェイトは約90%になります(簿価の自己資本比率26%とは全く異なります)。

【重要】 WACCの計算ウェイトは「簿価」ではなく「時価(株式時価総額と有利子負債の市場価値)」を使います。これを間違えるとWACCが極端に低くなり、理論株価が実態から大きく外れます。


ステップ4|ターミナルバリューを計算する

DCFの予測期間(今回は3年)が終わった後も企業は事業を続けます。この「3年以降の価値の合計」をターミナルバリュー(TV)と呼びます。

TV = FCF(最終年度) × (1 + g) ÷ (WACC − g)

g(永久成長率)の設定: 日本の名目GDP成長率(1〜2%)を基準にするのが実務的な目安です。これより高い数字を使うと過大評価になりやすい。

※ TV = FCF×(1+g)÷(WACC−g)、WACC=7.6%で算出

ステップ5|現在価値(PV)を計算する

FCFとターミナルバリューをWACC(7.6%)で割り引きます。

割引係数:1年後 0.929 / 2年後 0.864 / 3年後 0.803

中立シナリオ

強気シナリオ

弱気シナリオ

ステップ6|理論株価を算出する

株式価値 = 事業価値 + ネットキャッシュ 理論株価 = 株式価値 ÷ 発行済株式数(5,532万株)

現在株価(2026年4月24日):4,921円

【重要な留意点】 強気シナリオの事業価値2,927億円のうち約90%(2,633億円)がターミナルバリューです。DCFの結論の大部分は「3年以降の成長前提」に依存しています。これはDCFの本質的な限界で、どの企業を分析しても同じです。

ステップ7|感度分析

中立シナリオのFCFを固定し、WACCと永久成長率を変化させた場合の理論株価:

WACCを1%変えると理論株価は700〜900円動きます。「DCFで理論株価を計算した」という結論を一点で示すのは本来正確ではなく、このように幅で示すのが誠実なアプローチです。

ステップ8|プロのアナリスト予想と比較する

自分の計算結果をアナリストの目標株価と照合することで、前提の妥当性を検証できます。

(出所:各社公開情報、2026年4月24日時点)

今回のDCF試算レンジ(2,900〜5,870円)はアナリストの予想レンジ(3,500〜6,000円)をほぼカバーしています。

注目すべきはアナリスト間の開きです。最強気のマッコーリー(6,000円)と最弱気のモルガンS(3,500円)では1.7倍の差があります。なお、セルサイドのアナリストレポートは取材先との関係上、強い売り推奨を出しにくい構造的なバイアスがあります。だからこそ自分でモデルを組んで独立した視点を持つことに意味があります。

他のSaaS企業に応用するためのテンプレート

ステップ4〜6は上記と同じ式をそのまま適用できます。

リスク分析|上振れ・下振れ要因を対等に見る

上振れ要因

法人向けSaaSの成長加速 SMB企業向けARRは前年同期比+32%、中堅企業向けARRは同+42%。この勢いが継続すれば、FY2026通期ガイダンスの上限を超える可能性があります。(出所:決算説明会資料 10・12項)

AIサービスによるARPA向上 「Money Forward AI Cowork」や「AI-BPO」の浸透により、顧客単価(ARPA)が想定以上に上昇する可能性があります。(出所:決算説明会資料 47項)

開発効率の改善 AIコーディングエージェントの活用拡大により、プロダクト開発コストが想定以上に下がる可能性があります。(出所:決算説明会資料 19項)

下振れ要因

クロスセル・単価上昇の鈍化 複数プロダクトの導入や顧客単価の上昇が計画通りに進まない場合、ARR成長率が鈍化します。(出所:有価証券報告書 31ページ)

のれんの減損リスク 過去のM&Aで計上したのれんは2025年11月期末で6,731百万円。事業計画が未達になった場合、減損損失を計上するリスクがあります。(出所:有価証券報告書 95ページ)

ファクタリング事業の貸倒リスク マクロ経済が悪化した場合、ファクタリング事業で与信リスクが高まり、貸倒損失が発生する可能性があります。(出所:有価証券報告書 31ページ)

株式希薄化リスク ストックオプション・譲渡制限付株式報酬制度により、既存株主の持分が希薄化する可能性があります。(出所:有価証券報告書 32ページ)

投資有価証券の評価損 非上場株式等の投資有価証券について、投資先の環境悪化により評価損を計上するリスクがあります。(出所:有価証券報告書 94ページ)

資判断|3つのシナリオで考える

「買いか売りか」を一言で断言するのは本来不誠実です。前提次第で結論が変わるため、3つのシナリオを並列で提示します。

強気シナリオ|理論株価:約5,870円(現在株価比+19%)

Q1の営業黒字化とARR34%成長が継続するケースです。AI CoworkとAI-BPOの展開によりARPAが向上し、FY2028のEBITDA目標(270億円以上)を達成または上振れする前提です。

成立条件:ARR成長率が今後2年間30%超を維持/EBITDAマージンが四半期ごとに改善/AI新サービスの単価貢献が2026年度中に数字に出る

中立シナリオ|理論株価:約4,200円(現在株価比−14%)

ARRの拡大は続くものの、AI投資・人材採用コストが増加し、収益改善が緩やかになるケースです。FY2028のEBITDA目標を約80%達成する前提です。

成立条件:ARR成長率が20%台後半に緩やかに鈍化/コスト増加で利益改善ペースが遅れる/AI事業の立ち上がりが想定より時間がかかる

弱気シナリオ|理論株価:約2,900円(現在株価比−41%)

法人顧客獲得の鈍化に加え、のれん減損・ファクタリング貸倒・投資有価証券評価損が重なるケースです。FY2028のEBITDA目標を55%程度しか達成できない前提です。

成立条件:ARR成長率が20%を下回る/複数の一時損失が同時に発生する/マクロ環境の悪化でSMB顧客の解約率が上昇

監視すべき指標

「割高か割安か」を一言で断言することはDCF分析では本来できません。ただ「どの前提なら割安で、どの前提なら割高か」を自分で計算できるようになることが、この分析手法の本当の価値です。

次回予告

この記事はシリーズの第1弾です。

第2弾(近日公開):SaaS企業ってなぜ赤字でも株価が高いのか DCFの概念をゼロから説明します。「PERで見ると割高に見えるのに、なぜプロは買うのか」という疑問に答えます。専門用語なしで読めます。

第3弾(近日公開):決算短信の読み方|マネーフォワードで実践 決算短信のどこを見れば何がわかるか。今回使ったデータをどうやって拾うか。初めて決算短信を開く人向けに、ページごとに解説します。

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本記事は情報提供を目的としており、特定の銘柄の売買を推奨するものではありません。投資判断はご自身の責任でお願いします。

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