コージー・パウエルはなぜあんなに人気があったのか?
レコード店の中古コーナーを眺めていると、コージー・パウエルのアルバムをよく見かける。どれも数百円で売られていることが多い。近年、ロックのLP盤が高騰していることを考えると、彼の作品が比較的手頃な価格で出回っているのは、それだけ日本国内での流通量が多かったということだろう。それだけ多くの人が、かつて彼のレコードを手にしたということでもある。
ロック・ドラマーの中での位置づけ
ローリング・ストーン誌などの「歴代ロック・ドラマーランキング」を見ると、上位に名前が挙がるのは、ジョン・ボーナム(レッド・ツェッペリン)、キース・ムーン(ザ・フー)、ジンジャー・ベイカー(クリーム)といったドラマーだ。
コージー・パウエルは、こうしたランキングでは必ずしも最上位に入るわけではない。しかし、1970年代から80年代にかけてハードロックを聴いていたファンにとっては、間違いなく知名度の高いドラマーだった。
その魅力は、まず何といってもパワフルなドラミングにある。大きな音量と強いアタックを持ちながら、単に力任せに叩くのではなく、安定したリズムを刻む。その音は、レコードを聴いていてもすぐにコージーだと分かるほど個性的だった。
さらに、レインボー、マイケル・シェンカー・グループ、ホワイトスネイク、ブラック・サバス、ゲイリー・ムーアなど、ハードロックを代表するアーティストの作品に次々と参加したことも、彼の存在感を大きくした。
コージー・パウエルのキャリア
私が初めてコージーの演奏を聴いたのは、レインボー時代だった。
リッチー・ブラックモア、ロニー・ジェイムス・ディオ、そしてコージー・パウエル。この時期のレインボーは、ハードロックの歴史の中でも特に印象に残るラインナップだった。
なかでも『Rising』に収録された『Stargazer』や『A Light in the Black』で聴けるコージーのドラミングは強烈だった。リズムを刻むだけではなく、曲そのものを大きく押し上げていく。ハードロックにおけるドラムの存在感を、あらためて意識させられる演奏だった。
その後もコージーは、ゲイリー・ムーア、マイケル・シェンカー・グループ、ホワイトスネイク、ブラック・サバスなど、さまざまなバンドやアーティストと活動していく。
特定のバンドに長く在籍するタイプではなかったが、それだけ多くのミュージシャンから必要とされたということでもある。バンドが変わっても、コージーのドラムには一貫して独特の存在感があった。
日本での人気
コージー・パウエルを語るとき、日本での人気は外せない。
1970年代から80年代にかけて、日本ではハードロックの人気が高まり、レインボーやホワイトスネイク、マイケル・シェンカー・グループなどの作品が多くのファンに聴かれていた。その中で、コージーは単なる「バンドのドラマー」ではなく、ひとりのスターとして知られていた。
日本の音楽雑誌でも頻繁に取り上げられ、ドラマーでありながら、その名前だけでレコードを買うファンがいるほどだった。
その理由のひとつは、やはり音の分かりやすさだろう。
コージーのドラムは、とにかく音が大きい。スネアのアタックも、バスドラムの踏み込みも明確で、ギターやベースと一緒に鳴っていても存在感が消えない。それでいて、ハードロックの曲を支えるリズムとしてしっかり機能している。
また、彼はライブでもドラムソロを大きな見せ場にしていた。オーケストラを組み合わせたり、大規模な演出を取り入れたりすることで、ドラムソロそのものをひとつのショーとして成立させていた。コージー・パウエルは、演奏技術だけでなく、ステージ上での存在感も含めて「ロックスターとしてのドラマー」だった。
モータースポーツ好きとしても知られ、1979年のソロアルバム『Over the Top』のジャケットでは、ドラムセットの上をバイクが飛び越えるという大胆な写真が使われている。コージーという人物のイメージを、そのままジャケットにしたようなデザインだった。
1980年代にはBBCの番組で高速ドラム演奏を披露したことも話題になった。1分間に約400回という数字が伝えられ、「世界記録」として紹介されることもあるが、ギネス世界記録として公式認定されたものかどうかは明確ではない。
いずれにしても、こうしたエピソードも含めて、コージーは当時のハードロック・ファンにとって非常に分かりやすいスターだった。
コージー・パウエルのソロ・アルバム
ドラマーのソロアルバムというと、ドラムを前面に出したインストゥルメンタル作品を想像しがちだが、コージーの作品はそうではない。ゲイリー・ムーア、ドン・エイリー、ジャック・ブルース、ジェフ・ベック、グラハム・ボネットなど、当時の英国ロックを代表するミュージシャンが参加し、ひとつのロックアルバムとして楽しめる作品になっている。
「Over the Top(1979)」
バイクでドラムセットを飛び越えるという、なんとも大胆なジャケット。タイトルの『Over the Top』をそのまま絵にしたようなデザインだ。日本盤には印象的なピンク色のライナーノーツが付いており、当時このアルバムを手に取った人も多かったのではないだろうか。

内容も豪華だ。冒頭の『Theme One』は、ジョージ・マーティンが編曲を手掛けたオーケストラ・チューン。重厚なオーケストレーションの中にロックらしい勢いがあり、ジャック・ブルースも参加している。後半で『White Room』のリフが登場するところは、このアルバムのちょっとした聴きどころだ。
そして代表曲のひとつが『Killers』。ゲイリー・ムーアのギターを中心に、ジャック・ブルース、ドン・エイリーが参加したハイスピードなセッションだ。ゲイリー・ムーアのギター・フレーズはもちろん印象的だが、聴きどころはそれだけではない。ジャック・ブルースが縦横に動き回るベース、ひと聴きしてドン・エイリーだと分かるキーボード、そして、そのすべてを強力に支えるコージーのドラム。3人のプレイヤーがそれぞれの持ち味を出しながら、ひとつの曲としてまとまっているところが面白い。ゲイリーのギター・フレーズは当時コピーした人も多かったのではないだろうか。
『The Loner』は「ジェフ・ベックに捧ぐ」とクレジットされた曲だが、ベック本人は参加していない。ベックを意識したギター・インストゥルメンタルで、彼への敬意が感じられる名曲だ。
最後を飾るタイトル曲『Over the Top』では、チャイコフスキーの『1812年』序曲を題材に、オーケストラとコージーのドラムを組み合わせている。ドラムソロというより、オーケストラとドラムがひとつの楽曲を作り上げていくような構成で、このアルバムを締めくくるにふさわしい一曲だ。
「Tilt(1981)」
日本盤は『サンダーストーム』というタイトルで発売されている。ただし、違うのはタイトルだけではなく、収録曲の順番もオリジナル盤とは異なっている。この曲順変更について、明確な理由を示した資料は確認できなかった。ここからは私の想像になるが、日本でのコージー・パウエルの人気を考えると、日本盤についてはレコード会社が独自に曲順を組み替えたのではないか、という気もする。もちろん、実際にそうだったのかは分からない。
アルバムにはボーカル曲が4曲収録されており、そのうち3曲をElmer Gantryが歌っている。前作『Over the Top』と同様、ゲイリー・ムーア、ジャック・ブルース、ドン・エイリーらが参加しており、ドラマーのソロ作品という枠を超えた、バンド・アルバムのようなまとまりを感じさせる一枚だ。

『Tilt』での聴きどころは、なんといっても『Sunset』だろう。ゲイリー・ムーアの代表的なインストゥルメンタルとして紹介されることも多いが、もともとはコージー・パウエルのソロ・アルバムに収録された曲である。メロウなギター・インストゥルメンタルで、ゲイリー・ムーアのギターが主役ではあるものの、これがドラマーのソロ作品に収録された曲だと思うと面白い。ここでも鍵を握るのがドン・エイリーで、『Killers』『Sunset』『Dartmoor』と、コージーのソロ作品で重要な役割を果たしている。
『Blister』は、前作『Over the Top』の『Killers』と同じく、ゲイリー・ムーア、ジャック・ブルース、ドン・エイリーという顔ぶれによる演奏。前作のセッションをそのまま引き継いだような、豪華な組み合わせだ。
『Cat Moves』『Hot Rock』ではジェフ・ベックが参加している。どちらも、ベックのソロ・アルバムに収録されていてもおかしくないような、クールでルーズなギター・プレイが印象的だ。
また、ボーカル曲の中では『Sooner or Later』が面白い。Elmer Gantryの力強いボーカルとメロディは、グラハム・ボネットがレインボー時代に歌っていてもおかしくないと思わせるものがある。
「Octopuss(1983)」
3作目の「Octopuss」では、当時のホワイトスネイク人脈を中心としたミュージシャンが参加している。全曲インストゥルメンタルであるものの、前2作と比べると、よりバンドサウンドを意識した作品で、ハードロックらしいグルーヴと80年代らしいサウンドが特徴だ。

参加ミュージシャンは、ジャケット帯のクレジットによると、ギターにメル・ギャレーが参加。『Dartmoor』にはゲイリー・ムーアが参加している。また、キーボードにはジョン・ロードとドン・エイリーの名前がクレジットされているが、どの曲をどちらが演奏しているのかまでは記載されていない。『Up On The Downs』『Formula One』『Princetown』はメル・ギャレーとの共作で、『The Rattler』はデヴィッド・カヴァーデルとの共作となっている。
中でも『Dartmoor』は、『Sunset』の第二弾ともいえるような曲だ。ゲイリー・ムーアとドン・エイリーが参加し、マイナー調のメロディアスなバラードに仕上がっている。繰り返されるギター・リフが印象的で、特に4分あたりから高いオクターブへ移っていくゲイリー・ムーアのギターは、この曲の聴きどころのひとつだ。
『633 Squadron』と『The Big Country』ではオーケストラも使われている。こうした楽曲を聴くと、コージーが単にパワフルなドラムを聴かせるだけではなく、オーケストラを含めた大きなスケールのサウンドを自分の作品に取り入れていたことが分かる。
個人的には「Over the Top」が最も印象に残る作品だが、「Tilt」「Octopuss」まで続けて聴いてみると、コージーがソロ活動を通してどのような音楽を作ろうとしていたのかが見えてくる。
悲劇の死
コージー・パウエルは1998年4月5日、交通事故により50歳で亡くなった。
レインボーで注目を集めてから、その後も数多くのバンドやセッションに参加し、ハードロックの第一線で活動を続けていた時期だけに、その死は大きな衝撃だった。
コージーはひとつのバンドを象徴するドラマーではなかった。レインボー、マイケル・シェンカー・グループ、ホワイトスネイク、ブラック・サバス、ゲイリー・ムーアなど、参加したバンドはそれぞれ音楽性が違う。それでも、そこにコージーが加わると、彼独特の力強いドラムがサウンドの一部として残る。
だからこそ、現在でも中古レコード店で彼の名前を見かけると、つい手に取ってしまう。コージー・パウエルは、ハードロックの歴史の中で決して目立つ一つのバンドだけに収まる存在ではなかった。数多くの作品に参加し、そのたびに自分の音を残していった。そして、それこそが彼のキャリアを振り返るときに最も印象に残ることなのだと思う。
