内務省という「怪物」―近代日本を形づくった巨大官庁を読み解く(第1部)
午後、本屋へ
本日の午後は本屋に行くと決めていた。理由なんてない。ただ「決めた」からそうするだけ。結果として、無事にたどり着いた。行きつけの丸善書店じゃないのが少し惜しいが、まあどうでもいい。むしろ、どうでもいいからいいのだ。俺は信号を渡るたびに自分の呼吸を確認して、まるで心臓がまだ動いているかどうか試しているみたいだった。歩調はゆっくり、でも頭のアンテナは勝手に立っていて、棚の隅に転がっているはずの「俺だけに話しかけてくる本」を探していた。
で、見つけたのが講談社現代新書『内務省―近代日本に君臨した巨大官庁』。
タイトルを見ただけで胃が重くなる。普通に暮らしていたら絶対に避けて通りたい単語だ。俺はもっと、人生を軽くしてくれる本を探していたはずだ。なのに手は勝手に伸びた。自分でも不思議だ。俺の手、どうかしてる。
タイトルから漂う怪物臭
「内務省」。この四文字は、なんだか血の匂いと消毒液の匂いが混ざったような響きを持っている。学校の授業で覚えたのは、特別高等警察、選挙干渉、検閲、そんなイメージだ。つまり「悪役」。漫画だったらラスボス。戦後の民主主義を引き立てるために、最悪の引き立て役を押し付けられた存在。
でも、新書の表紙にある副題は「近代日本に君臨した巨大官庁」。ラスボスというより「国家の背骨」みたいな響きじゃないか。悪役と背骨って、どう考えても同じキャラに与える肩書きじゃない。そこからしてすでに不穏だ。
ページをめくると
めくった瞬間、わかった。これは「怪物」だった。けれど俺が想像していた真っ黒な怪物じゃなかった。ページの中にいるのは、土木工事に汗を流す怪物であり、感染症に立ち向かう怪物であり、地方の隅々にまで行政の網を張る怪物だった。
ただし、もちろん「首を締める」怪物でもある。思想を取り締まり、検閲を行い、人を監視する。
つまり、呼吸を整える医者と、喉を圧迫する処刑人、その両方を一つの顔で演じていたのだ。
俺は読みながら笑った。笑ったけど、その笑いは薄ら寒い。
ふとした午後に出会った亡霊
俺はただ午後に、本屋に来ただけだ。特別な使命もなく、気分転換みたいなものだった。けれど手に取ったこの一冊は、「まだ俺は死んでないぞ」と怪物が笑いかけてくるみたいで、気持ちがざわざわする。
だって、道路も、役所も、選挙も、病院の検査室も――内務省が過去に握っていたものだという。つまり、怪物の残り香の上で俺たちは毎日を過ごしている。午後に本屋に行く俺の足元だってそうだ。
第2部への予告
今回の第1部では、ただ「本屋で怪物に出会った」という話しかしていない。けれど本当の恐ろしさはここからだ。なぜ内務省は「悪の総本山」と呼ばれながら、同時に「近代化の旗振り役」とも評価されるのか。戦後、どうやって解体され、どう生き延びてきたのか。そして、なぜ今ふたたび注目されているのか。
その答えを探るのが、第2部の仕事だ。つまり俺は、午後の気まぐれで、巨大な亡霊の尻尾をつかんでしまったわけだ。
