父から聞いた本田宗一郎のエピソード
思い出の別荘を手放す日、父との時間が生まれた
先日、父と一緒に軽井沢に行ってきました。

実はこのたび、家族で長年所有していた軽井沢の別荘を売ることになったんです。僕も、並びの土地を少しだけ所有していたので、買い手が見つかったのを機に手放す決断をしました。
僕にとっては一度も使わなかった土地というだけなんですが、両親にとっては、かけがえのない夏の思い出がたくさん詰まった場所に違いありません。
そんな別荘に、残った荷物を引き取りに車で向かいました。父と二人で長時間移動するのも、かなり久しぶり。道中、色々な話をしながら、過去に父から聞いた話を思い出しました。

父の初仕事は…釣った魚の針を外すこと?
父はずっと本田技研で働いてきたサラリーマンでした。聞くところによると、本田宗一郎が社長だった時代の、最後の新卒世代として入社したのだとか。ホンダの創業期を知る、いわば「最終世代」の一人というわけです。
そんな父の初仕事、なんだったと思いますか?
本田宗一郎の豪邸の庭に流れる渓流で、外国から来たお客さんに釣りをさせ、その釣った魚から針を外すーーというものでした。今なら「何だよそれ!」ってツッコミたくなりますが、それが「おもてなし」という仕事だった時代。
本田宗一郎に直接あった人は皆、彼の「おもてなし能力」の高さに感銘を受けるそうです。
僕は小さい頃からそういった話を聞いていたので「偉大なビジネスパーソンになるためには気配りができないといけないんだ」と学んできました。
まだまだ修行が足りないかもしれませんが「気配り・目配り・おもてなし」ができて一人前の経営者になれるのだと信じています。

「百人の会社を率いるなら、百人の人格を持て」
そしてもうひとつ、子どもの頃から何度も聞かされた話があります。
父が30代の若さでフランス支社長になったとき、本田宗一郎がこう聞いてきたそうです。
「君の支社には何人の従業員がいる? 君は経営者として、いくつの人格を持っている?」
これは比喩ではありません。続けて本田宗一郎はこんなことを言ったそうです。
「100人の社員がいるなら、100の人格を持て。全員の立場に立って、物事を考えられなければいけない」
この話、僕は若い頃に聞かされて、正直よくわからなかったんです。
でも、自分で経営をして従業員を雇い、投資先のCEOたちのリーダーシップを間近でみることを重ねるうちに、最近ようやく腑に落ちてきました。
たとえ会社が一つの目標やビジョンに向かっていたとしても、従業員の数だけ「真実」がある。価値観や置かれている状況によって、見え方が違う。
経営者とは、そんな多様な「人格」に共感できる人間でなければ務まらないのだと。若くして支社長に大抜擢された父に対して、本質的な経営者のマインドを教えていたのだと思います。
仕事一筋で家族を海外に連れまわした父から、子守唄のように聞かされていた本田宗一郎の話。僕が経営者の道を選んだのも、そんな父の話に影響されたのだと改めて感じました。

到着した軽井沢の空気は澄んでいて、父の話が心に沁みました。
それでは今日も、思い出に浸れるような一日を!ジャンプ🚀
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