【先行公開】BLEACHスピンオフ小説『DON'T BLEACH MY FIST 1』
エイプリルフール企画で大好評だった、BLEACHの学園パロディ『BLEACH THE HIGH SCHOOL WARFARE』の世界観を下敷きに、成田良悟さんが小説を執筆!! 6月4日に第1巻が発売予定です!! 今日=4月1日は少しだけ冒頭を公開します!! ※製品版と内容が異なる場合がございます。ご了承ください。
作者プロフィール 成田良悟
『バッカーノ!』が第9回電撃ゲーム小説大賞金賞を受賞し、同作で小説家デビュー。『デュラララ!!』『ヴぁんぷ!』、越佐大橋シリーズ、シャークロアシリーズなど魅力的なキャラクターがひしめく群像劇を多数執筆。『Fate』シリーズスピンオフシリーズ『Fake』や漫画原作『デッドマウント・デスプレイ』など、多彩に活動を展開している。
DON'T BLEACH MY FIST 1
だけど、信じたいじゃないか。
押し潰すほどの青空すら、いつか彼等はその背骨で切り裂くと。
『とある情報通の学生による、空座市における大規模抗争についての話』
始まりは、護廷高校の二年……檜佐木修兵って野郎が襲撃された事だ。
もっと前から水面下でなんかしら動いていたのかもしれねえが、こちとら警察でも名探偵様でもねえんだ、そこまでは知ったこっちゃねえな。
ま、護廷高校と星十字学園の緊張感がヤベえ事になったって話に絞れば、原因はその檜佐木って奴がボコられて入院した事だろうよ。まったくハタ迷惑な野郎だぜ。
護廷と星十字の関係は知ってるだろ?
創設者……つーか現役の理事長どもが学校を作った頃は、それこそヤクザの抗争みてえな勢いで衝突繰り返してたらしい。
10年前にそのバチバチが収まって、一応は平和が訪れた。
んで、この前の抗争までは小競り合いがたまにある程度だった護廷と星十字の間で、一気に火が燃え上がったってわけだ。こっちまで巻き込まれてマジで面倒くせー事になったけどな。
お互いの高校から、それなりのやつらが出張ってえらい騒ぎだったがよ……お前が聞きてえのは、あいつの話だろ?
黒崎一護。
もう知ってんだろうが、護廷高校の一年(ルーキー)だ。
こないだの抗争で、台風の目になった奴だな。
そいつだけじゃねえ。石田雨竜といい、星十字の豹崎といい、これまで無名だった一年がここ最近で一気に名を上げやがった。
あの騒ぎがなけりゃ、案外黒崎や石田は三年程度は平和に過ごして、豹崎は星十字でくすぶったまま終わったのかもな。
……いや、それはねえか。
あいつらは結局、何かしらに巻き込まれるし、てめえで巻き起こしちまう奴らだしな……。
ま、どっちにしろ、お前も知ってる通り、抗争は起こっちまった。
黒崎達は、まんまとこの空座っていう鉄板の上にあぶり出されたってわけだ。
ヤベえ奴ってのは、こんな時ほど解り易く目立っちまう。
普段から自分がすげえ奴だってアピールしてる、うちのリーダーみてえなのとはワケが違う……まあ、本物って奴だ。
ああ、それにしても……はらへったなぁ。
おい。
これ以上タダで喋らせる気か、てめー。
続きが聞きたきゃメシでも奢れや。
無理強いはしねえが、胃袋が広がりゃ口も軽くなるってもんだぜ。
今なら、コンビニのドーナツ二十個で妥協してやるからよ。
プロローグ
ゲリラ豪雨と呼ぶにふさわしい夕立が、空座市全体を包み込んでいた。
激しい雨音と雷鳴に紛れる形でチャイムが鳴り響き、市内にある複数の学校において『放課後』という魔境の扉が開く。
自分達の靴が豪雨に濡れ沈む事もなんのその、活力を持て余した各校の生徒達は、それぞれの自由と不自由を行使せんとして町の中に散らばり始めた。
その学生達の一部が集まる、小洒落た装いの喫茶店が一軒。
市の東部にある喫茶『Asguiaro』は、何故か低価格で出しているステーキやラーメンと言った重めの食事が評判であり、近隣の高校や大学に通う若者達がひっきりなしに押し寄せている繁盛店だ。
本来ならそれだけで『小洒落た装い』の空気は崩れ去る筈なのだが、店主である浅葱原(アサギハラ)イバンは諦めない。
まったく客入りが無い時代にヤケで出した結果、起死回生の一手となったメニューの数々を取り下げるつもりもなく、その他の部分で必死に喫茶店の体裁を守らんとしていた。
白を主にした爽やかな色調の店内は常に掃除が行き届いており、アンティーク調のジュークボックスからは数十年前の洋楽が流れ続けている。
その音は柔らかに染み渡るように店内に響き、若さを持て余した学生達の毛羽立つ心を穏やかに均し続けた。
しかし、そんな穏やかな空気を壊す程ではないものの、自分達の持つ色を隠さぬ者達がいる。
店の奥にある区画に座っている黒い学生服の面々だ。
ぱっと見は高校生の集まり――実際その通りなのだが、周囲にいる客達は、その学生の一団を嫌でも意識せざるを得ない。
とりたてて騒いでいるわけでも、威圧的な態度を振りまいているわけでもなかったが、自然と意識の内の何割かをそちらに向けてしまう、そんな奇妙な『引力』のある集団であった。
――精悍な目つきを眼鏡で隠しながら、静かに刺繍の技法書を読んでいる者。
――夕焼け雲の色をしたオレンジ髪を短く切り揃え、チョコラテドリンクを嗜む者。
――燃えるような赤毛と厳つい眉毛を携えつつ、注文した鯛焼きを待ち続ける者。
――スキンヘッドが特徴的な、荒々しい目つきでメニューを睨み付けている者。
――たおやかな己の顔立ちを小さな手鏡で覗きながら、睫毛の反りを直している者。
――蛇を思わせる空気を纏い、己の感情を隠す微笑みを常に浮かべている者。
――まるで現役の軍人を思わせるような屈強な身体を椅子に預け、雑誌を眺めている者。
――逆に小学生にも見える小柄な人影ながら、この面子の中で最も泰然自若としている者。
八人の黒い学ランの男達が、ただそこに座るだけで店の中に特異点を生み出している。
「見ろよ、護廷高等学校(テイガク)のやべぇのが揃い踏みだぜ」
冷や汗を掻きながら、入り口近くの席に座る学生達が誰ともなく口にした。
「マジかよ。日番谷と市丸まで一緒か」
「犬猿の仲の筈だろ?」
「今、星十字と揉めてるって話だからな、何かあんだろうよ」
「あれが六車か……タッパはちょっと高ぇぐらいだが……すげえ筋肉してんな」
「突っ込んで来たバイクごと、素手で殴り倒したらしいぜ」
「斑目がいるって事は……ああ、綾瀬川も当然いるか」
「剣道部の主将と、読モで有名な奴だっけか」
「どういうコンビだよ」
「どっちも強えのは確かだ」
「斑目の妹って可愛いよな」
……ちょっかい出したら殺されるぞ。兄貴にも、妹本人にも」
「あれって阿散井君じゃん! あたし、この前ライブで見たよ!」
「あのバンドって……、確か、星十字の人もいたよね?」
「オレンジ髪の奴と眼鏡の奴は知らねえ顔だな……一年か?」
「オレンジ頭の方は、うちの中学の地区じゃ有名だったぜ」
それぞれの席で、異なる視点からささめき合う学生達。
雑多な声が喫茶店の中に生まれては消えて行く。
話している彼等も柄が良いわけではなく、世間的には不良と呼ばれてもおかしくない姿だ。
しかし、奥に座る者達を見るその目からは普段の反骨心という物は消え失せ、ある者は畏敬の念を抱き、ある者は純粋に恐怖や嫌悪の色を瞳に込めながら様子をうかがっている。
学生達にとって、情報とは身体を巡る血液のようなものだ。
流行の動画や周辺の人間関係、近隣の店や交通事情、学業においては塾の優劣や各校の偏差値に至るまで、健やかに生きる為には数多の知識を栄養として身体に巡らせ続ける。
そして、この喫茶店にたむろしているような――俗に不良と呼ばれる類いの少年達は、殊更に特別な情報を取り込む必要があった。
自分の周囲の実力者は誰か。その人物の人間関係、あるいは特別な弱み。
近隣の高校同士の相関図と、互いの不可侵領域(ナワバリ)の境界線。
特定人物に、目に見えぬ権力――反社会的な勢力などの後ろ盾があるかどうか。
今現在、どの高校の『誰』が『どの程度の』怪我を負っているのか。
俗っぽい話としては、タトゥーや髪染めの状態でも雇って貰えるアルバイト先。
何か後ろ暗い行為をしている者達にとっては、警察の巡回ルートや安定した溜まり場。
あるいは、警察を含めた敵対勢力からの逃走経路。
バイク乗りにとっては、二輪車でのみ通り抜けられる路地を知っているかどうかで緊急時の立ち回りがまるで変わってくる。
そして、躓かぬ為に何より重要な情報は――
目についた相手が、自分よりも強いのかどうかという知識だろう。
平穏に生きる通常の学生達にとっては、至極どうでも良い話が殆どだ。
しかしながら、血の気の多い者達にとっては文字通り生き死にに関わりかねない話である。
酸素不足(無知)のまま暴れ回れば、すぐに仰向けになって口をぱくつかせる事になるのだから。
ただし、それは絶対の基準ではない。
時折、そんな情報に左右される事なく、無呼吸で荒事の海を潜り続ける鯨のような大物も現れるのだが――
耳ざとい不良達は知っていた。
目ざとい者は初見でも理解する。
今、この喫茶店の奥に陣取っている八人は、間違い無くそのたぐいの者達だと。
漆黒の制服に身を包みながら、実に様々な色の気配を醸し出す彼等は、ただそこに座っているだけで、見る者に何かの物語を想起させる集団であった。
もっとも、平和的な物語には些か縁遠いかもしれないが。
そして、当の本人達はそんな世間の評価を気にも止めずに我が道を行く。
「ちょいとばかし……軽く見られ過ぎじゃねぇか?」
周囲で自分達についての様々な言葉が飛び交っているとも知らぬまま――集団の一人であるスキンヘッドの青年が、透き通った灰色の雨具を握りながら妙な事を主張していた。
「この、ビニール傘って奴はよ」
丁寧にすべての毛が剃り上げられた頭と、目尻に入った朱色の墨が特徴的なその学生の言葉に、周囲にいた仲間と思しき高校生達が淡々とした調子で言葉を返す。
「……いきなりどうした」
オレンジ髪の青年の疑問に続き、奥の席に座っていた小柄な人影も眉を顰めながら問うた。
「つーか、なんで傘を持ち込んでんだ? 斑目」
スキンヘッドの青年こと斑目一角は、れっきとした最上級生である小柄な青年――日番谷冬獅郎に対して律儀に答えた。
「入り口の傘立てが、もう埋まっちまってたんで……」
「あー、俺が来た頃は、まだ余裕あったんだけどな……」
窓の外に目を向けた日番谷が、激しい雨音を聞きつつ話の続きを促した。
「で? その傘がなんだってんだ?」
「俺のこの傘……今月でもう三本目なんすよ」
「またチャンバラでぶっ壊したのか?」
オレンジ髪の青年の言葉に、斑目がこめかみに青筋を浮かべながら睨み付ける。
「んなわけあるか! 小学生じゃねえんだぞ……つーか、『また』っておかしいだろ!」
「要するにかっぱらわれたんだろ」
「ああ、そうだ! 一度はコンビニ、二度目は銭湯でやられちまった」
眉間にしわを寄せた斑目は忌々しげにそう言ったが、すぐに上機嫌になって言葉を続けた。
「だが、俺は護廷で一番運のいい男だ!」
自信に満ちた笑みを浮かべ、ビニール傘を握りしめながら斑目が言う。
「この三本目は、丁度犯人が盗んでる時に出くわして無事だったってわけだ」
「……本当に運がいいなら、そもそも盗まれてねえだろ」
至極真っ当なオレンジ髪の青年の指摘だが、フォローするように赤毛の青年、阿散井恋次が口を開いた。
「まあ、犯人を直接とっちめられる機会なんざ滅多にねえからな……」
「いや……」
急に歯切れが悪くなる斑目に、周囲の面々は首を傾げる。
その理由を説明したのは、斑目の横に座っていた、綾瀬川弓親だ。
「盗んでたのが、小学生ぐらいの子供だったんだよ。さすがに一角も殴れないから、説教だけで済ませてたけどね」
「相手が年上の格闘家だろうと、殴ったらこっちが捕まるよ」
刺繍の本から目を離さぬまま、眼鏡の青年――石田雨竜が言った。
「理不尽に思えるかもしれないけれど、加害者を私人が勝手に罰するのは私刑にあたるからね。法に委ねられるものは、極力そうするべきだ」
「手が出るのは誰よりも早い癖に、相変わらず口だけはクソ真面目だな……」
呆れたように言うオレンジ髪の少年に、石田は本を閉じながら不満げに答える。
「拳を振るった後でその理由を考えそうな君と一緒にするな。僕はただ、言葉だけじゃ世の中が回らないのも理解しているだけだ」
その後、横目で雷光と雨音が響く窓の方を睨み付けた。
「今のこの街じゃ、特にね」
同時刻 空座市西部 繁華街
「あぁ……指っ……俺の指っ……!」
歪んだアスファルト上に出来た水たまりの中に膝を落とし、チンピラ風の男が悲鳴にも似たうめき声をあげる。
その声は豪雨と雷鳴に隠された為、雨で人が減った繁華街で注目される事はない。
時折悲鳴に気付いた通行人が目を向けるが、そこに立つ者を見ると、誰もが目を逸らして去って行った。
「畜生……! なに……何しやがる!」
利き手のすべての指が通常あり得ない方向に曲がっており、奇抜なオブジェのようになっているチンピラを見下ろすのは、黒いシャツの上に純白の学ランを羽織った長身の男。
だが、チンピラはその学生の表情を見る事ができなかった。
靴の裏が、己の顔面に迫っていたからだ。
「ごぶっ……」
鼻と上唇を靴の踵で踏み潰され、鼻血と前歯が水たまりに落ちる。
まるで走馬灯のように、チンピラの頭に、何故こんな事になったのかという回想が巡った。
自分はただ、いつも通りの行動をしただけ。
急な雨をしのぐ為に、傘立てから他人の傘を盗んだだけだ。
すると、その数秒後に突然後ろから声をかけられ、振り返ったら雨に濡れるのも構わずに、手ぶらの学生が立っていた。
――「見てたぞ、カス野郎」
どうやら、雑居ビルの傘立てにあったビニール傘の持ち主らしい。
相手は長身ではあるが学生だ。
怪我でもしているのか左目を瞑っており、後ろに纏めた黒い長髪が雨に濡れて輝いている。
舌打ちしながら、「証拠でもあんのかクソガキ? これは俺の傘だ」と言った次の瞬間、傘を握る自分の右手の上に、学生の長い指が覆い被さる。
――「そうか」
――「じゃあ、離すなよ?」
そのまま、凄まじい握力で右手を握り潰された。
まるで粘土細工のように自分の手指が折り砕かれ、血と油汗にまみれた掌がビニール傘の柄にへばりつく。
今月に入って三度目、コンビニでも銭湯でも、なんの問題も無かった。
高級そうなものではなく、あえて安物のビニール傘を狙うという謙虚さすら見せたのに、何故自分がこんな目に――――
男がそこまで思考した所で、さらなる衝撃が襲いかかる。
自分の顔を蹴り潰した学生が、追い打ちの形で腹に爪先を蹴り入れたのだ。
◆
空座市東部 喫茶『Asguiaro』
「まあ、説教くれてやったガキが言うには、ビニール傘は傘立てに山ほどあるから、捨ててあるようなもんだって感覚だったらしい」
怒鳴りつけなどはしなかったものの、元からの厳つい目つきが威圧感を与えたようで、泣きそうになった傘泥棒の子供を最後には逆になだめるような形になったという斑目。
そんな彼は、傘泥棒の子供というより、傘泥棒が頻発する現状に対して苛立ちを向けていた。
「この傘が例えば100万円の純金製だとしたら、逆に簡単に盗もうとは思わねえだろうよ」
「100万じゃ済まねえよ」
「重そうだな……」
「傘泥棒っつーより、ガチの強盗に狙われるだろ」
一斉に入る突っ込みを無視し、斑目は更に主張する。
「とにかくだ、こいつは十二分に世の中の役に立ってるもんだ。値の高ぇ安いで軽く見るってのは納得がいかねえって話だよ」
「まあ……高いだけで壊れやすい傘ってのもあるだろうしな」
日番谷の言葉に、弓親が顔を上げた。
「デザインと素材に凝った逸品より、大手メーカーの量産品の方が丈夫で高機能なんて良くある事ですよ」
高級品を非難する言葉かと思いきや、弓親は三年の日番谷に対して敬語を使いながら私見を述べる。
「それでも、自分にそれが似合うと思うから高くても買うんですよ。性能なんて二の次。その日の夕暮れに壊れるとしても、その儚さごと纏うのも美しい……」
「途中から金の話じゃなくなってんぞ」
斑目の指摘に対し、弓親は穏やかな笑みを浮かべながら答える。
「まあね。安物だろうと、僕が使えば美しくなる事もあるし。傘の話で言うなら、最悪何もなくてもいい、雨に濡れる僕も、それはそれで雅なものさ」
「そうか……」
「風邪引くなよ」
冗談でもなんでもなく、素の調子で自己陶酔的な事を口にする弓親だが、それに慣れているのか、周囲の者達は軽く受け流した。
そんな皆の反応も気にせず、弓親は自分の話を締めくくる。
「結局、軽く見られているというより……普遍性のせいじゃないかな。みんな同じビニール傘を使ってるから、共有財産みたいな感覚が身についてるのかもね。安くない自転車やバイクをを盗む奴も減らないし」
「せやなあ」
すると、それまで黙って居た糸目の青年――市丸ギンが、感情の読めない薄い微笑みを浮かべながら口を開いた。
「価値が軽うても重うても、ボクはそもそも、人様のものを盗るのが好かへんわ」
「そりゃそうだが……。もしもお前から何か盗る馬鹿がいたら、そいつに同情するぜ」
軍人のような体格の青年――六車拳西がそう言うと、蛇を思わせる空気を纏いながら市丸が言葉を続ける。
「心外やな、六車君。それじゃボクが犯人に何か非道いことをするみたいやないの」
「お前は、一度敵って認めたら地獄の底まで追いめるタイプだろ」
日番谷の言葉に、市丸は微笑を浮かべたまま肩を竦めた。
「それは日番谷君の方やろ。怖いなぁ。怖い怖い。君だけは敵に回したないわ」
言葉の繰り方まで、やはり蛇を感じさせる。
話しているだけで不思議と煙に巻かれ、煙が晴れて冷静になった時には、既に相手に丸呑みにされているかのような錯覚を覚える――三年の市丸というのは、そういう男であった。
この場にいる護廷高校の最上級生は三人。 市丸と六車、そして日番谷。 次いで二年が、斑目と綾瀬川。残る三人がこの春から入学した一年生である。
一見するとビニール傘について穏やかに談話をしている集団だが、見る者が見ればそれが獣の集まりだと分かる、そんな気配を宿した者達だ。
統制された群れではなく、互いに牽制しあっている、孤高の集まり。
己の内にある獣を飼い慣らしているのか、あるいは鎖などつけるつもりすらないのか。
周囲にいる他の客達は、そうした掴みきれぬ緊張感に惑わされつつ、自分達の気配を極力消しながら雨がやむのを待ち続けた。
◆
空座市西部 繁華街
「ひゃめ……ひゃめろ……。てめっ……たかが、たかが傘らろ!」
前歯を折られた事で上手く発音が出来なくなったチンピラが、恐怖と怒りと懇願が入り交じった声をあげる。
「たかが、傘だと?」
すると、その学生は身体を前に倒し、チンピラの手から無理矢理傘をもぎ取った。
折れた指が更に曲がり、チンピラは再び絶叫をあげる。
「てめえの乾いた脳ミソは、傘より役に立つのか?」
嗜虐的な笑みを浮かべてはいるが、静かな苛立ちを孕んだその声は、むしろどこか冷静にも感じられた。
だからこそ、チンピラは悟る。
必要とあらば、目の前の学生は自分の事など簡単に殺すと。
痛みと恐怖による冷や汗が全身から溢れて雨水と混じり、チンピラの全身を凍えさせた。
そんなチンピラの体温を氷点下に落とし込むように、抜き身の殺意が込められた言葉が続けられる。
「あるわけねえだろ。てめえみてえな雑魚に、そんな価値がよ」
すると、不意に別の学生の声が路地に響いた。
「遅れますよ、神河(ジンガワ)先輩」
「……指図する気か? ザエ郎」
チンピラを伸していた青年――神河ノイジの言葉に、名を呼ばれた同じ学ランの男、久蘭慈(クランジ)ザエ郎はビニールとは違う純白の傘で雨を避けながら微笑んだ。
「まさか。ただ、他の面子の機嫌を損ねたくないだけですよ。三年からは他に小夜寺先輩も参加していますからね」
後輩であるザエ郎は、口だけは敬語の形になっているが、その態度から最上級生に対する敬意などは感じられない。
「ちっ。相変わらずスカした策士面しやがって……」
柄が血にまみれたままのビニール傘を雑に握り、路地を歩き出すノイジ。
弱者には興味がないとばかりに、もはや呻き声をあげ続けるチンピラの事など意識すらしていなかった。
そして――彼等が辿りついたのは、そこから1分もかからぬ場所にある、とあるナイトクラブであった。
