「“反省しています”という言葉を、私は一度も信じられなかった」
受刑者は、本当に反省しているのか
「反省しています」という言葉を、私たちは簡単に信じてしまう。
しかし、その「反省」は何に向けられたものなのだろう。
犯した罪そのものへの反省なのか。
逮捕され、刑務所に入ることになった自分への後悔なのか。
苦しみ続ける被害者や、その家族への償いの気持ちなのか。
それとも、自分の家族を悲しませてしまったことへの後悔なのか。
「反省している」という一言だけでは、その本当の意味は決して見えてこない。
私は刑務官として20年以上働いてきましたが、私が直接現場で見てきた受刑者の中で、この問いに「はい」と答えられたことは、正直ほとんどありません。
ただ、私の知人の中には、若いころに刑務所や鑑別所に入った経験がありながら、出所後にいわゆる更生を果たし、働き、家族を持ち、普通に生活している人もいます。それもまた事実です。
刑務官としての長年の経験の中で、私は数え切れないほどの受刑者――被収容者と出会ってきました。もちろん、ニュースになるような重大事件の加害者も収容されていました。ただし、個人情報や特定につながるようなことは一切書きません。
刑務官時代、常に考えていたことがあります。
殺人、レイプ、子どもに向けた性犯罪、児童虐待など、人の心を踏みにじる犯罪を犯した加害者が、たった数年の刑期を終えて社会に戻っていく現実。
世間では
「刑務所に収容されている=反省している」
そう思っている方が多いのではないでしょうか。
なぜなら、刑務所の中の様子はほとんど公開されないからです。
受刑者が何を考え、どんな生活を送り、余暇時間をどう過ごし、同衆とどんな会話をしているのか――それを知る術は、ほぼありません。
被害者が中の様子を知る数少ない手段が、
**「被害者等通知制度」**です。
被害者または遺族が希望すれば、
刑の確定
仮釈放
出所予定
再収監
施設内での生活状況、作業、懲罰歴などの評価
といった情報が通知されます。
目的は
「被害者が、突然の再遭遇に怯えずに生きられるようにする」
という建前です。
しかし、はっきり言います。
これらの情報を知っても、その人が本当に反省しているかどうかなど、何一つわかりません。
刑務所という場所は――地獄のようにつらいのか。
少し紹介します。
例えば、冬は暖かい布団と毛布が貸与され、夏はタオルケットが貸与されます。
独房の何もない部屋に放置され続けているわけではありません。
施設によっては冷暖房が完備されつつあり、
1日3食、栄養士が考えた食事が均等に配られます。
風呂は毎日ではありませんが権利として必ず入ることができ、夏は入浴日が増えます。
外国人受刑者には宗教を考慮した食事が提供され、
例えば、イスラム教徒には豚肉を使わないメニューが配られます。
アレルギーがあれば事前申告で別メニューで対応されます。
祝日はお菓子、誕生月にはケーキ、年末年始やクリスマスには特別な配給、年越しそばまであります。
体調が悪ければ薬は無料、医師の診察も受けられ、重病であれば外部病院での治療や手術も行われます。
職業訓練などを通じて、資格の取得をサポートしてくれます。
すべて国民の税金でです。
テレビも決まった時間に視聴でき、お笑い番組や映画を見ることもできます。
施設ごとに多少の違いはありますが、基本的な待遇はほとんど同じです。
私は「刑務所は楽園だ」「全員が反省していない」と言いたいわけではありません。
ただ――
私が20年以上見てきた刑務所の現実は、
世間が想像している“反省の場”とはあまりにもかけ離れていました。
その実態を、これから少しずつ書いていこうと思います。
