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🍀私の人生の履歴書🍀

何だかこれまでまとまりなく感情のままに病気関連のことを書いてきましたので、改めて私の人生の履歴書をまとめてみようと思いました。
主に病歴と術歴です𓀫𓀠 𓀡 𓀤


🔹19 歳   ストレス性大腸過敏症発症

専門学校の人間関係により発症。下痢が止まらない。腹痛に悩まされる。
後に良い医者と出会い、改善中


🔹20歳    慢性胃炎

大食いだったからか、わからんけど、なぜかなりました。そして胃の場所を初めて知りました。今でも胃薬は欠かせません。ちなみに胃カメラやった時、大きな病気はないけど、胃に黒いゴミがついていると言われました。笑
胃にゴミってなんだよ……笑


🔹21歳    社会不安障害発症

美容院の受付で 、新卒で入社、2ヶ月後、突然声が出なくなりました。電話も出れず、いらっしゃいませも言えず、四ヶ月目で退職に泣く泣く至りました。
電話音鳴るだけで今でもフラッシュバックします。隣や後ろに人がいるだけで震えてしまいます。


🔹21歳    鬱病発症

社会不安障害と併発しての鬱病でした。
涙が止まらないや希死念慮。一般的に皆さんが予想しているものより、結構酷い沼にはまっていきました。
毒姉の影響強めです。


🔹21歳    睡眠障害

元々睡眠障害はなかったものの、鬱病の処方で出された睡眠薬によって、自発的に寝るとこが不可能になってしまいました。


🔹23歳    右親指異物摘出手術

右親指の爪の異物で膨らんでしまったのを治すため、メスを爪周りぐるっと1周メス入れて爪の中までメスが突入しました。麻酔切れたあとは叫んでいました。


🔹24歳    切迫性尿失禁。2ヶ月後、神経性頻尿も併発。 

突然の事で、何が起きてるのかよく分かりませんでしたが、今は亡き良い主治医と出会い、かなりの改善に至りました。薬抜かすとすぐ漏らすので、15年経った今も治療中です。


🔹24歳    自殺未遂繰り返す

ピークだったのかな?睡眠薬がぶ飲み救急車で運ばれる事件、リストカット、電源コードで首を吊ってみたり。どこから飛び降りるなど様々な死に方を考える日々でした。


🔹25歳    子宮頸部高度異形成円錐切除

早期発見により、全身麻酔で摘出しました。再発すれば、子宮全摘出と言われています。そのお陰で、どの生命保険にも入れませんでしたね。


🔹29歳    ナルコレプシー

18歳からの突然の意識なくなる、寝落ちする理由の病名がハッキリついた時です。薬の処方である程度の運転はできるようになりました。


🔹30歳    小さな円形脱毛症が広がり全体ハゲになる

結婚式まであと半年というところで、500円玉のハゲが何個かできて、全体に広がり円形でもなんでもないただのハゲになりました。訳あってカミソリで全剃り、ツルッパゲで披露宴あげました。


🔹その後増えたのは、

皮膚むしり症、抜毛症、日常茶飯事のオーバードーズ等の自傷行為ですね。


🔹32歳    長女帝王切開

過去に子宮頸部の術歴あり、逆子ということもあり、ハイリスク妊婦に分類され自然分娩は難しいかもと言われていたところに、34週4日で破水してしまい、羊水からっぽに。急遽NICUがある大きな病院に救急車で運ばれ、局所麻酔で緊急帝王切開。2088gでした。


🔹35歳    次女帝王切開

ハイリスク妊婦として最初から帝王切開しか出来ないとのことでした。
結構大きめな病院もハイリスク妊婦受け付けてもらえません。なぜかというと、ハイリスクの内容が過去の子宮頸部手術、一度目の帝王切開、に加わり、鬱病と言うのが、受け入れられないという内容でした。精神科医がいない病院では出産できないと断われました( ˙-˙ )
なので、車で一時間かな?結構遠いとこの総合病院に通いました。長女同様、30週辺りには多分もう切迫なってしまって、入院させられました。地獄。
ふふ。ここはどーやって医者を脅したか内緒ですが、脅して逃げるように一週間で退院してきました……笑
コロナ禍でね、なめちゃんがまだ三歳でパパと病棟に来てくれたものの、ガラス越しで触れることもできず、涙が止まりませんでした。すぐここにいるのに、抱っこどころか触れることができず、泣いてしまい、看護婦さんに慰められました。笑
「なめちゃ~ん、ママ入院してごめんね、寂しいよね、ごめんね〜うわーん。゚(゚´ω`゚)゚。」とか泣いてますが、なめちゃんは別にって顔してました🤣🤣
切迫の中、何とか予定帝王切開日、37週で、また逆子で、局所麻酔で分娩しました。新人の練習台にされた為、麻酔を何度もミスされ、心の声がもう出てしまって「痛い!痛い!痛い!痛い!!!」とひたすら叫んでました。術後の切った痛みと後陣痛よりも、ミスしまくった麻酔が一番痛かったです。 縫い方も下手くそだったよ………。新人にはやって欲しくなかったよ。
というか、手術中の医者のふざけたプライベート話どうにかならないものか、
笑いながらメス握って、冗談言い合って笑いながら赤ちゃん取り出して。こっち意識あんだよって感じですね(-_-)真剣にやってほしいもんだ。


🔹37歳    躁鬱病と診断変わるが……

多分、躁鬱の可能性が高いと今更言われて炭酸リチウムなど、躁鬱の薬処方されるが、どれもこれもしっくり来なくて、すぐ元の薬に戻し、先生も現在進行形で、鬱なのか躁鬱なのか、悩んでいる最中で、現在に至ります。


💠最後に💠

こんな感じで、現在病歴はほぼ全て、現在も進行形で治療中であり、もうすぐ19年目に至ります。
欲を言えば、子育て終わってから鬱になって欲しかった。
鬱病患者が子供を産むのはかなりの世間の目と家族の目が厳しかった。

でも、昔書いた記事の通り、私は不幸とは思ったことは一度もない。
可哀想な目で見られたくない。
気持ちはわかってほしいけど、哀れな目で見られたくない。
だって、本当に不幸じゃないから。
色々欠点ありながらも愛してくれる旦那がいて、生きる理由をくれた子供達がいる。
これは幸せなんじゃないのか。
何度も希死念慮にかられる。子供が18歳になったらもう生きなくてもいいんじゃないかとも考えている。
まぁ、そんな未来の話、考えたって仕方ない。
今の現実の生活だけで精一杯だ。
死にたくなるけど、生きる意味もわからず、ただ暗闇の中歩いてるだけで、自分がどこ歩いてるのかさえわからないけれど、暗闇の中で、手を握ってくれる、なめちゃんとむーちゃんがいる。
これ以上の幸せはないだろう。
こんなに何もできないママなのに「ママ大好き」なんて毎日言ってくれる子達。

死ぬ前に、何かは渡せたらいいな。
私にか持ってない、とても大事な何かを渡したい、教えたい、人生を生きてく為に大事なこと、忘れちゃいけないこと、
それをこの子達にちゃんと託す。
命を絶つのはそれからでいい。

そんな事を日々考えながら、何とか生き延びてる、めかぶの人生の履歴書でした。

長い文章読んでくれて、ありがとうございました(❀ᴗ͈ˬᴗ͈)"


#かなえたい夢


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