見出し画像

ハッピーライティングマラソン#13 最高の未来を引き寄せられるかもしれない、どんな未来?

最高の未来って、実は派手なものじゃないのかもしれない。
失われていた日常が、そっと戻ってきているような。
そんなささやかな時間こそが、私の思い描く最高の未来だ。


回想(失ったもの)


今、私は、子どもはいなかったものとして暮らしている。
かつては、24時間365日、ずっと当たり前のように一緒に過ごしていた。

漲る元気の塊をよろけながらも受け止め、ともに歌い踊った。

「クラスの子たちと仲良くできない」と泣く長女には、「そのうち周りのみんなの思考があなたに追いついてくるから大丈夫だよ」と励まし続けた。

好き嫌いなくよく噛んで食べると、お肌が綺麗で可愛い子になれちゃうよー、と声をかけて食べさせると、彼女たちは嬉しそうになんでもよく食べた。

挨拶をニコニコと交わす姿は近所の人たちからも愛され、
休日には「パパは仕事で頑張ってるから、3人でどこに行こうか?」と、
たくさんお出かけをした。

透明度が高く、流れのゆったりした川で子どもたちの気が済むまで遊ばせた夏の午後は、冷えた体に温かいココアを作って渡すと、美味しそうにずずずと飲み干してにんまり笑う笑顔が愛おしかった。

子育ては自分の子ども時代をもう一度辿る時間でもあった。
オナモミや数珠玉、アマガエル、カタバミの種――
私が子どもの頃に大好きだった草花や生き物を、娘たちは同じように好奇心のままに発見を楽しみ、私はその隣で一緒に驚き、笑った。

現実の痛み


私が離婚という選択をしなければ、3人仲良くそのままの生活が続いていたのだろうか。
身を削がれる思いで元夫に引き取られ、夫から吹き込まれた言葉で心を曇らされていくのを見て、悔しさに震えた。
それでも、子どもたちの心をこれ以上かき乱さないようにと、私は会うことをやめた。

ただ一つ確かなのは――娘たちが健康で、幸せに暮らしていることが何よりも大切だということ。
もしかしたら、母親として再び必要とされる日は来ないかもしれない。
それでも…

私にとっての最高の未来は


娘たちとの壁がなんらかのきっかけで崩せる日が来るのかはわからないけれど、
その日のために、自分の傷を癒してきた。
自分を愛し、自らの人生を楽しみ、大きくドンと構えていられるように。

密かに私の心に描く最高の未来は、
失われた時間を取り戻すことではなく、
大人になった娘たちと、何もなかったかのように一緒に過ごせること。

だからこそ、ただ、娘たちの幸せを願っている。




いいなと思ったら応援しよう!