”大人っぽい”はジャンルじゃねぇ
いつかは「楽しくコーデを組んだだけで自然とオシャレになっちゃう♬」みたいな自分になりたいですね
目指すものじゃない
「どんなコーデを目指すか?」っていうことを考えてみんなコーデを組むんですかね。
考える人の中でも、結構な割合が”大人っぽい”を目指すんじゃないでしょうか。
しかし、大人っぽさを目指すのはろくでもないと言わざるを得ません。
というのは、大人の感性でコーデを組めば自然と大人っぽくなるはずだからです。
短パンで思ったりする
”大人っぽい”を目指す問題は、それが単純ではないということです。
カジュアルだからといって大人っぽくない訳ではない。
派手でも大人っぽい人もいる。
大人っぽさを大事にしすぎて幅を狭めていることが多くあると思います。
ここで重要なのは、大人っぽさはアイテム単位のモノではなくコーデ単位だということです。
あえて言えば、大人っぽいアイテムで揃えることがそういうコーデを組めない人の救済策なのでしょう。
こういうことがあります。
短パンは子供っぽくなりやすいアイテムだから黒やグレーを選ぶことがコツとされる。
「え?」
「何色だろうと子供っぽいだろ」
もちろんいろんな所でちょっとずつ大人っぽさを担保するという考え方は分かります。
ただ、これはある種の呪縛だと思うんです。
部分部分にフォーカスし過ぎて、全体的な視点を失いがちに見えます。
短パンで言えば、明らかに裾と脚の境界が違和感を生んでいるのに、肌とのコントラスが強い暗色を選ぶのは非合理的じゃないでしょうか。
別に黒の短パンがダサいと言ってる訳ではないですよ。
オシャレに着こなす人もいます。
ですが、そういう人は大人っぽいなんて理由で黒を選んでるんじゃないでしょう。
イチブトゼンブ
目的が人を苦しめるということが往々にしてあるでしょう。
それと似たような話ですが、コーデを組む段階でこうしなきゃいけないと考えすぎるのは困りものです。
「これ着てみようかな」
「あれ合わせようかな」
その結果出来上がったモノを自分で評価できるかこそ大事だと思います。
コーデを組んだ時に
「オシャレだけど大人っぽくないな、ナシ!」
こうやって棄却できる目さえ持っていれば、頑張って目指すまでもないと訴えたいです。
私の挨拶と代えさえていただきます
確かに長ズボンで寝た方が快適や
暑さより汗やな
