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第三話:汚染される沈黙

第三話:汚染される沈黙

HERP法を巡る議論の狂騒は、スタジオの中だけでは収まらなかった。メディアの触手は、静寂を守るべき被害者遺族の日常さえも、容赦なく侵食していった。
連日、ニュース番組のヘッドラインを飾ったのは、リナの母――クレアの祖母への「直撃取材」の映像だった。 数人の記者が、逃げ場のないアパートの玄関先で、彼女を四方から取り囲む。
「お母さん、犯人のジュリアンに『良心』が芽生え始めているという報告については?」
「更生プログラムによって、彼が毎日涙を流していると聞いても、やはり極刑を望みますか?」
向けられた無機質なレンズと、土足で心を踏みにじるような質問の数々。 ついに耐えかねた彼女が、髪を振り乱し、玄関のドアを叩きつけるようにして叫んだ。
「うるさい! あんな男の顔なんて見たくもない! さっさと死刑にしろ、それ以外に何があるっていうんだい!」
その慟哭(どうこく)は、一秒後にはデジタル信号に変換され、世界中に拡散された。 ネットの海では、その短い叫びの断片だけが切り取られ、新たな「炎上」の燃料となる。
『被害者遺族の感情論が、近代法制の進化(HERP法)を阻害している』
『「さっさと死刑にしろ」って、あまりに前時代的で野蛮だ』
さらに、無責任な憶測は「生存者」であるエリックの尊厳をも食い破り始めた。 匿名掲示板では、加害者のジュリアンが名家の息子であることに対し、エリックが低賃金の労働者であることを引き合いに出した、根も葉もない「物語」が捏造されていく。
『そもそもエリックにも非があったんじゃないか?』
『借金トラブルで、家族が狙われる原因を彼が作ったという噂がある』
『妻の不貞を疑ったエリックが、ジュリアンを煽ったのが真相らしい』
一度放たれたデマは、真実よりも速く、深く浸透した。 エリックが黙々と働いてきた工場には、正義の味方を気取った者たちから「不潔な男を雇い続けるのか」といった抗議の電話やメールが殺到した。
エリックは、自責の念と世間の冷たい視線に押し潰されそうになっていた。
「……私のせいだ。私が……家族を壊したのか……?」
根拠のない中傷ですら、弱り切った彼の心には真実のように響いた。これ以上、周囲に迷惑をかけるわけにはいかない。彼は誰に促されるでもなく、長年守り続けてきた仕事を自ら辞めた。
本来、手厚い保護を受けるべき被害者であるはずのエリックは、皮肉にも世間という名の巨大な暴力から逃れるようにして、住み慣れた街を去った。名前を変え、光を遮った安アパートの片隅で、呼吸を殺して隠れ住むことを余儀なくされた。
加害者が、国の手厚い管理下で「被害者の記憶」を移植され、擬似的な人間性を獲得して守られている間に。 本物の被害者は、世間という名のノイズによって、その居場所も、仕事も、そして名誉さえも奪い尽くされていったのである。

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