おこりんぼより、うれしんぼ。2歳児の言葉は、ときどき本質を突いてくる。
娘の言い間違いや、突然生まれるダジャレがかわいすぎる。
2歳の娘は、大人が思いつかないような発想をするから面白い。
この前、車の中で夫と話していた時のこと。
私が
「〜いいかな?」
と聞くと、夫が
「いいよ〜」
と返した。
すると突然、娘が反応した。
「イーヨー!尻尾とれちゃうよね!おうち帰ったらみんなでイーヨーのパズルしよー!」
どうやら「いいよ」が、娘の中ではあのロバのキャラクターに変換されたらしい。
しかも“尻尾とれちゃう”までセットなのが細かい。
ちゃんと設定を理解している。
夫と二人で、思わず吹き出してしまった。
別の日。
家を出る時、私はいつも愛犬に「行ってきます」と声をかける。娘もそれを真似する。
でも夫は、そういう挨拶をあまりしないタイプだ。
その日も、何も言わずに出ようとした夫に、娘が「先生」のような口調で言った。
「パパ、ここちゃんにもちゃんと挨拶して? “いってきまーす”だよ?」
夫も素直に、
「行ってきます」
と呟く。
すると娘が、急に満面の笑みで、
「さぁいこう」
と言った。
自分でツボに入ったらしく、そのまま大爆笑。
「最高だよ!さぁ行こう!」
と言いながら、私と夫に手を差し出してきた。
2歳にしてダブルミーニングのダジャレを使いこなすなんて。
誰かに教わったわけでもないのに、
自分の中で言葉が繋がる。
子どもの頭の中は、本当に自由で、不思議だ。
最近、夫がぽつりと、
「20代がもう少しで終わるにあたり、今後のキャリアに迷ってる」
と言った。
すると娘が、すぐに反応した。
「パパ、まいごなの?」
夫は笑いながら、
「そう、人生の迷子なの」
と返す。
すると娘は、私の方を向いて、真剣な顔で言った。
「ママ〜、パパが道に迷っちゃったみたいだから、助けてあげてー」
優しすぎる。
“迷ってる”から“迷子”になる。
その発想がかわいいのはもちろんだけど、なんだか深いなと思った。
キャリアの悩みという複雑なものを、
娘は「道に迷って困っている人」という、
一番シンプルで助けが必要な状態として捉えたのだ。
また別の日、娘と『白雪姫』を見ていた時のこと。
七人の小人の“おこりんぼ”を見て、娘がぽつりと言った。
「おこりんぼより、うれしんぼがいいね!」
もう、それだ。と思った。
言葉を覚えている途中だからこそ、“正しい名前”より、自分の感じた“心の動き”で世界を表現している。
怒っている人より、うれしい人がいい。
そんな当たり前の本質を、娘はまっすぐ言葉にする。
大人はいつの間にか、「正しい言葉」や「適切な表現」を使うことばかりに必死になってしまう。
けれど、娘の自由な言葉を聞いていると、
言葉ってもっと遊んでいいものだし、
もっと素直でいいものなんだなと気づかされる。
今日もまた、娘の小さな一言で、家の中が温かな笑いに包まれた。
