ドレスを脱いでもプリンセス。娘が私を『正解』に連れていった日。
2歳9か月の娘は、プリンセスである。
※自己申告制。
ピンクのワンピースしか着ない。本人いわく、全部「ドレス」。
朝もドレス。お風呂上がりもドレス。
何も着ていない状態ですら、
「ドレスよー✨」
と回る。
概念が現実を追い越している。
「踊りましょう」
と手を取られ、突然始まる舞踏会。
場所はリビング。参加者は私ひとり。
逃げ道はない。
公園でも急に芝生へ座り込み、遠くを見る。
たぶん城が見えている。私にはブランコしか見えない。
服は自分で選び、買い物にも参加する。
「ママも買っていいわよ」
ありがたいお言葉だが、支払いは全部こちらである。
アクセサリーも毎日フル装備。
ネックレス、指輪、ブレスレット。
もはや重さとの戦い。
突然、
「遠いむかし、あるところに〜」
と物語を始める。
設定は自由。展開も自由。伏線回収の予定はない。
でも本人の中では全部、本物だ。
ここまでくると、かなり完成度の高いプリンセスである。
ただし、
鼻はほじる。唾は飛ばす。ストローではぶくぶくする。
急に生活感。
そのたび私は言う。
「プリンセスは、そういうことしないのよ」
すると娘は、少し考えてこう言った。
「(娘の名前)は、プリンセスになりたいけど、プリンセスじゃないのよ」
ただ言い返しただけかもしれない。
だけど、私は、その言葉にハッとした。
もしかすると、ちゃんと分かっているのかもしれない。
今の自分と、なりたい自分は違うこと。
願うだけでは、まだそうじゃないこと。
現実を、見ている。
そのうえで、
毎日ドレスを着て、毎日プリンセスを名乗り、毎日プリンセスとして踊っている。
これって、すごいことだと思った。
大人になると、
「まだ実力がないから」
「準備が整ってから」
「笑われたら嫌だから」
「現実的じゃないから」
そうやって、なりたいものから先に離れていく。
自分で自分に、無理だと教えてしまう。
でも娘は違った。
まだプリンセスじゃない。それは分かってる。
でも、だからやめるんじゃなくて、
だから今日もプリンセスでいようとする。
人は、なったから始めるんじゃなくて、
なりたい姿で今日を生きることで、近づいていくのかもしれない。
自信がついてから挑戦するんじゃなく、挑戦するから自信がつくように。
完璧になってから始めるんじゃなく、始めるから少しずつ形になるように。
娘に聞いた。
「好きなプリンセスは誰?」
すると即答で、
「オーロラ姫と、ベルと、シンデレラと、ママと、アリエル!」
……え、ママ?
思わず聞き返したけれど、娘の中では何の迷いもなく、当然のように並んでいた。
オーロラ姫。ベル。シンデレラ。アリエル。そして、ママ。
世界の美女たちに並んで、突然エントリーされた「ママ」。
冗談でもお世辞でもなく、娘の中ではそれが「世界の真実」であるかのように、当然の響きだった。
子どもにとってプリンセスは、お城に住んでいる人じゃなく、
大好きで、安心できる人なのかもしれない。
そんなふうに選ばれた日、たぶん私は人生でいちばん報われた。
娘は昨日も今日も、ドレスで回る。
まだプリンセスじゃないと言いながら、誰よりもプリンセスらしく。
そして私は思う。
大人になって忘れた“人生の正解”を、
この子はもう知っているのかもしれない。
人はきっと、
やっているうちに、いつの間にか“それ”になっていく。
だから今日もきっと、まだプリンセスじゃない娘が、
誰よりもプリンセスみたいに笑っている。
