【息子15話】場所が変わっても、私はまだ比べていた|息子は昨日の自分と比べていました。でも私は、まだ周りと比べていました。


高校を辞めることが決まりました。

先生と主人と私で話し合いをしたあの日。

みんなはもう次を見ていました。

前を向いていました。

でも私だけが、まだその場に立ち尽くしていました。

通信高校への転校が決まりました。

私は息子の制服を見ていました。

その制服が好きだったんです。

おしゃれだったし、その学校に通う息子の姿も好きでした。

もう着ることはありません。

そう思っても、なかなか手放すことができませんでした。

ところが主人は違いました。

「もう必要ないよね」

そう言って、あっけなく処分してしまいました。

少し驚きました。

でも同時に思ったんです。

ああ、この人はもう前を向いているんだ。


通信高校は家の近くにもありました。

でも、その駅には以前の高校へ通う生徒たちがたくさん集まります。

それは息子にとって負担でした。

だから少し遠くても、隣の県の通信高校を選びました。

駅まで車で送り、

電車に乗り、

さらにバスに乗る。

決して楽な通学ではありませんでした。

でも私は、その時間にも意味があるような気がしていました。

人のいる場所に身を置くこと。

電車に乗ること。

バスに乗ること。

少し対人恐怖症があった息子にとって、小さな練習になるかもしれないと思ったからです。

幸い、単位はほとんど取得していました。

通信高校で必要だったのは、体育とホームルームだけ。

それを知った時、

この子には回復する時間が与えられたんだ。

そう思いました。

それまで通っていた学校は進学校でした。

課題も多く、毎日が忙しかったです。

勉強についていくことに精一杯で、

自分の心と向き合う余裕なんてありませんでした。

この一年は、心を休ませる時間になるかもしれない。

私はそう願っていました。

とはいえ、現実は簡単ではありませんでした。

電車に乗れない日もありました。

途中で帰ってきてしまう日もありました。

学校までたどり着けない日もありました。

そんな日も少なくありませんでした。

一方で私は、通信高校のホームページやブログを見ていました。

そこには楽しそうな生徒たちの姿がありました。

友達と笑い合い、会話を楽しみ、学校生活を送っている。

その様子を見るたびに思いました。

いいな。

羨ましいな。

普通に人と関われるっていいな。

そして気づきました。

私は、また比べている。

前の高校では前の高校の生徒たちと比べていました。

通信高校へ移ったら、

今度は通信高校の子供たちと比べていました。

場所が変わっただけでした。

比べる相手が変わっただけでした。

私の苦しさは、何も変わっていなかったんです。


でもその横で、息子は少しずつ変わっていきました。

イヤホンをつけて電車に乗る。

自分だけの安心できる世界を作る。

大勢の中で過ごしてみる。

疲れたら休む。

また挑戦する。

その繰り返しでした。


私は「みんなと同じ」を見ていました。

人と話せること。

友達がいること。

楽しそうにしていること。

そんなものばかり見ていました。

でも息子は違いました。

昨日の自分と比べていたんです。

電車に乗れた。

学校へ行けた。

今日は途中で帰らなかった。

その小さな積み重ねで、

少しずつ自信を取り戻していきました。


あの頃の私は、

これは息子の回復の時間になるかもしれない。

そう思っていました。

そして今なら分かります。

回復していたのは息子だけではありませんでした。

私もまた、

少しずつ回復していたのだと思います。


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