消えかけたチョークの伝言
第1話:『最適化された個室、焼け跡のイモ飴』
スマートフォンの画面が短く震え、駿からのメッセージを表示した。
『おばあちゃんが家で転んで、軽い怪我で入院した。今、大学のゼミ中でどうしてもすぐ抜けられないんだ。澪、先に病院に行って様子を見てきてくれない?』
「もう、駿ったら、おばあちゃんっ子なのに肝心なときに頼りないんだから」
澪はため息をつきながらも、すぐに青森市民病院へと向かった。
病室のドアをそっと開けると、窓際のベッドの上で背筋をピンと伸ばしたトキが、白い毛糸を編んでいる姿が目に飛び込んできた。
少し節くれ立った、けれど驚くほど器用に動く十本の指。
1本の白い毛糸が、針の先ですくい上げられるたびに、綺麗な格子模様へと姿を変えていく。
それは、泥まみれで混沌としていた戦後の青森駅前が、真っ黒なアスファルトできれいに舗装され、そこへ定規で引いたように真っ白な光の線が伸びていった、あの輝かしい昭和の発展の情景を、一針一針、編み上げているかのようだった。
スマホから流れるジャズの調べに小さく頷きながら、彼女は一針一針、自分の生きてきた時間を愛おしむように編み進めていく。
「おばあちゃん、病室でも手芸をしているんですね。すごく綺麗……」
澪がベッドの横からそっとのぞき込むと、トキは編みかけの温かいウールから顔を上げ、愛おしそうに目を細めた。
「あら、澪さん。わざわざ済まないねえ。駿はまだ大学かい?」
「はい、駿はすぐには来られないみたいで、私が先にお見舞いに来ました。おばあちゃん、大丈夫ですか?」
「ええ、大したことないのよ。ただの軽い打撲。それより、暇で暇で退屈していたところよ。指先を動かしているとね、このざらざらした毛糸の感触から、あの頃の青森駅裏の匂いが蘇ってくるのよ」
「青森駅裏……ですか?」
「そう。昭和二十七年の、雪が深くて、がらんどうで、煤だらけの引き込み線。私の夫――茂さんとの始まりは、あの凍える場所だったの」
「今の若い人は、車があっていいわねえ。そこでデートをするんでしょう? 駿から聞いたわよ」
澪は自分のスマートフォンのなめらかな画面を握りしめながら、少し照れくさそうに微笑んだ。
「はい。駿の車の中は温度も完璧だし、お気に入りのプレイリストを流して、SNSで話題のロマンチックな夕日スポットへ直行するんです。すれ違いもないし、すごく快適で、これが私たちの『普通』なんですけど……」
「ふふ、贅沢ねえ。でもね、私たちの頃はね、もっと寒くて、泥だらけで、だけど確かに温かい『イモ飴』があったのよ」
「イモ飴……?」
「ええ。源次さんが一斗缶の薪の火で、煙を上げながら必死に練っていた、あの黄金色の飴。あれが、私たちに初めて『生身の手ざわり』を教えてくれたの」
「駿が来るまでまだ時間があるわね。澪さん、私たちの、あの煙だらけの不器用ななれそめを聞いてくれる?」
📖第2話:https://note.com/juicy_laelia8513/n/n514f98d8f32d
🌐英語版:https://note.com/ttukumoo/n/nbeead3310a4d?app_launch=false
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