かつてのであいといまのきみたち
記事広告というものがありました。雑誌がほぼほぼなくなった今、おそらくこの手の広告をだすほうもほぼほぼなくなったのではないでしょうか。
で、これをDTPにむすびつけるのもむずかしい。っていうのはわたしの都合。広告そのものをつくる(大げさなものじゃありませんでしたが)ことはありましたが、記事広告ってどうやってるんでしょう。いや、やってたんでしょう、か。
広告そのものは、わりに「データ支給」のものがおおかった覚えがあります。ああ、雑誌のほうです。わたしは雑誌をあんまりやらなかったのですが、それでも広告のデータをもらって掲載ページにわりつけて、とか本文くむ側でもやらにゃならないことはありました。
で、そういうのは広告をおもにつくってるデザイン会社なりでデータまでしあげてありますし、色見本がいっしょにわたされることも。なんのことかわからない、って人はこのあたり無視してくれても大丈夫なはなしだな。
カラーページが雑誌の半ばあたりにあるような台割だと、このカラーからモノクロページへうつるちょっと前くらいに、よくは入れていたおぼえがあります。その雑誌のテーマに沿った広告なので、なんとなく記事のようにもみえるし、また、つくる側も記事のことをかんがえてデザイン・組版などもしてあるというもの。
ああそんなのあったなぁと思い出す人もいるのではないでしょうか。
まあだいたいは、なにかの商品(やサービス)をすすめてくるので、読みすすめていくと途中できづいたりします。作ってるときはこのページは広告スペースで支給のIllustratorのデータをいれるから、というながれがあったりするのでわかるんですが、うまくつくってある記事広告に読者として接するときは、わりとふんふん、と読んでしまいがち。また、うまい記事広告ほどそうなる気がします。新商品の紹介記事かな?なんておもって読んでいて、とちゅうでああ広告か気づく。
出版社自体の広告(書籍の巻末なんかに弊社発行の既刊案内みたいなのがのってたりします)とかは、ときどき更新したり、レーベルの新刊をのせるときは作りなおして、データもちゃんと差しかえないと、でしたが。
こっちは自社編集者や営業とすこしおはなししつつ、差しかえできてるよのチェックをしてもらいつつ。
自社広告とのちがいは、万一のときがあると、責任がどこにあるのかが大問題になります。いままでみたとおり、広告をだす側・製作側・べつの製作側にくわえ、カラーのばあいは色の問題なんかもからんだり。まあ、雑誌の記事そのものを組んでいるばあいは「これ支給の広告ね」で組版ソフトのほうに入れこむだけなので、あんまりぴりぴりはしなかった。
ここまではなすと、なんかあれ?と思った人もいるでしょう。一時期はやったアレの源流みたいなものなのかもしれません。まあ広告はたいせつなので、アレのことをアレというのも気がすすまないのですが、あの単語・呼びかたはアレでしかなかな。
まあそんなわけで、いまやwebの時代。
広告はわりにはっきりそうとわかることがおおいし(これは昔もそうか)どれくらいの時間みてくれ、なんて正直だったりもします。
このあたりはwebの広告って商売っ気があるのかないのか、他人事ながらちょっと心配でもあるような。まあはっきり広告とわかるものはそれとして見ることができるので、今のほうがより良くなっていると思います。
