見出し画像

マレビト  1話 初戦1 《創作大賞2026エンタメ原作部門》



人間の体内には、トコヨカグラと呼ばれる霊的器官がある。目に見えないがそれはある。トコヨカグラには28の霊穴が開いている。普通の人間の霊穴は2~3個しか開いていない。イナバのトコヨカグラの霊穴は24個開いている。20個以上の霊穴が開いている人間をセイセキは、マレビトと呼んでいる。稀人。客人。異人。それは福をもたらす来訪者か。それとも零落した神の成れの果てか。トコヨカグラが生成する真気を自在に操り、身体能力を強化し、超常の力をふるう人外の者マレビト。人間の負の想念を喰らい、現世に顕現する邪霊オウマガツ。霊的な力でしか倒すことのできない邪霊オウマガツと人外者マレビトの霊的攻防戦が始まった。

あらすじ


工場の正門の隣に監視塔があった。かつてはこの周囲に睨みを効かせていたのだろう。監視塔に猟銃を構える男が立っていた。地上からの距離は約5メートル。監視塔までの距離は約10メートル。



イナバはその男と目があった。その男の顔には生命の暖かみらしきものは何もなかった。右手を振ってみたが、反応は何もない。手首に巻いている金属製の数珠が陽光を反射してピカピカと輝いた。指には無数の銀の指輪がはめてある。イナバは、全体的にチャラい雰囲気の男であった。




監視塔の男は、ただひたすら無表情であった。死人を思わせる幸福の欠片もない顔の向こう側には、無個性なマンションが建っている。ベランダには洗濯物が風にたなびいていた。その背後に目一杯の青空が広がっていた。平和そのもの。その限りなく平和な光景の中に、男の不吉な顔が混じる。




シュールだな、とイナバは思ったが口には出さなかった。出してもいい状況でもなかった。いや、口に出してもよかったのかもしれないが、シュールという単語を使うと、なんだかものすごくキザったらしく見られそうなので何も言わなかった。



イナバは左に立つトビを見た。トビもこちらを見ている。身長174センチのイナバよりもきっちり10センチ背の低い女。年齢はイナバと同年代ぐらいの20代なかば。



ただし、見た目だけの話である。イナバもトビも、見た目ほど若くはなかった。


イナバは目だけで指示を出した。



(あの監視塔の男を殺せ) 



会話ができたら、たぶんそう言っただろう。トビはなんとなくわかったらしい。まあ、わかってくれないと困るが。



監視塔をチラリと見ると満面の笑みを浮かべた。目がキラキラしている。毎度毎度信じられないぐらい楽しそうだ。はっきり言って信じられない。



毎度と言っても、彼女とユニットを組むのは、まだ数ヶ月目だ。これから間違いなく殺し合いをするというのに。毎回この抜けるような笑顔を見せられると、アタマがおかしいんじゃないのかと思ってしまう。



だが、その一方で、キレイだなとも思う。陶器みたいにツルリとした冷たく白い肌。猫みたいなクリックリッの大きな瞳。その瞳は気の強そうな光を爛々と湛えている。スラリとした鼻筋と小さな口。薄いくちびる。キレイな卵形の顔。




こんなキレイな顔は、殺して剥製にして部屋に飾ったのなら、さぞや華やかであろう……待て待て待て、なんちゅうことを考えているんだ。ちょっと待って! おまえ、ダメダメダメ。おまえは、まともじゃないが、できる子。



ほんの少しだけ茶色の髪はスベスベで、艶やかに輝いている。その髪を後ろで一つに結んでいる。ポニーテールではない。結ぶ場所はもうすこし下だ。一本結び。一房の髪が背中に垂れる。



オレの好きな髪型だ、とはまだトビに言っていない。今回のこのミッションが終わったら、さりげなく言ってみようか、いやいや、気持ち悪いと思われる可能性の方が高いから、言うのはやめておくか。




群青色のアノラックパーカーと茶系のズボン。どちらもゆったりした大きめのサイズで、華奢な体型がうまく隠れていた。これから山登りに行くわけではない。セイセキの戦闘服だ。



イナバは今度は右をチラリと見た。右隣に立つ巨漢の男もこちらを見た。ミョウコウ。コナン・ザ・グレートみたいな男だ。イナバよりもきっちり15センチ背が高い。身長189センチ。




さて、ミョウコウの身長は189センチ。190センチ無いのは意外である。実際にはもっと高く感じる。オリーブ色のアノラックパーカーで体の線がはっきりとは見えないが、脱げば、スゴいことになっている。分厚い胸板とシックスパックの腹筋と丸太のような腕。筋肉ムキムキ野郎だ。



体とは対照的に目も鼻も口も、妙に小さくこまごまとして見える。髪は長髪。いつも後頭部あたりでお団子にしている。髪を下ろしたところは、実を言うと一度も見たことがない。



表情に乏しいが、感情が無いわけではない。また、その体格で誤解されるが、大雑把な脳筋男ではない。イナバのような、適当が服着て歩いている男とは違う。緻密で几帳面な男なのである。



イナバはチラリと正面を見た。ミョウコウの目がその視線を追いかける。正面約8メートル先に、5人の男たちがちょうど正門を塞ぐかたちで立っていた。金髪、坊主、長髪、サングラス、黒のスウェット、ド派手なスニーカー。典型的な田舎の半グレたち。



金属バット。木刀。ゴルフクラブ。各々武器を持っている。そして、5人の真ん中に立つ金髪の男の手には銃が握られている。黒星(ヘイシン)。中国製トカレフ。



マジか。とうとうこの国もアメリカみたいになってしまうのか。暗澹たる未来を思い描いてため息を着いた。ミョウコウと目を合わせた。



(オレが動いたら、右の2人お願いね) 



会話ができたら、こんなことを言っただろう。我々は、この状態でも会話する手段が、あるにはある。ただ、面倒くさいのでその手段はまだ使わない。というか、できれば使いたくない。



右の2人。スキンヘッドとツーブロック。2人ともサングラス。手にはバタフライナイフと金属バット。イナバの相手は、真ん中の金髪と、その隣の坊主。一番左の長髪の3人。



ミョウコウは2回うなずいた。了解の意味。別に心の中の声が聞こえたわけではない。経験ってやつだ。ミョウコウとのつきあいは意外と長い。15年ぐらいになる。ちょいちょい、ユニットを組んでいる。相性がいいのだ。




トビと出会ったのは数ヶ月前だ。同世代なのに、今まで会わなかったのが不思議だ。ちょうど上手い具合に担当地区が重ならなかったのだろう。



イナバの同門同期(本人は同期であることを断固として認めていないが)のカイとは、何度かユニットを組んでいたらしい。そういえば、カイの話の中に、トビのことが出てきた気がする。



カイとトビ。キツそうな2人。方向性は違うがどちらも強い女って感じだ。一緒のユニットの人は大変だったろうな。



トビとは数ヶ月前、去年の暮れにユニットを組んだのが最初だ。まあ、それ以降はずっと一緒のユニットを組んでいる。とは言えミョウコウと比べると、まだまだ、という感じだ。



イナバは1度深呼吸をした。体の中心に意識を集中する。そこには、目に見えない霊的器官トコヨカグラがある。トコヨカグラを意識する。トコヨカグラ内部に高純度の真気が渦巻いているのを感じる。



トコヨカグラには28の穴が開いている。これを霊穴という。イナバの霊穴は24個空いている。24個の霊穴から真気が奔流となって流れ出る。霊脈に沿って全身をくまなく循環していく。



霊脈は、真気の通り道である。真気版の血管と思えばよい。血管の中をぬるま湯が循環している感覚だ。心地よい。



真気。練気と呼ぶ人もいるが、それはどちらかというと少数派だ。基本的には真気と呼んでいる。ようするに「気」である。


体内を巡る目に見えない生命エネルギーを、セイセキではそう呼んでいる。気、通力、法力、霊気、霊力、内力、魔力、妖力、マナ、オド、プラーナ、フォース。



色々呼び名はあるだろう。どれが正解かは知らない。たぶん、どれでもいい気もする。MPでもいいんじゃないかと思うが、口には出さないでおく。個人的にはフォースがいいと思った。



フォースこと真気が全身の霊脈を流れ、循環していく。体の細胞の全てが活性化していく。すべての感覚が鋭敏になり、力が無限に沸いてくる……ような気がする。



セイセキは、トコヨカグラの霊穴が20以上開いた人間を、マレビトと呼んでいる。漢字で書くと稀人。客人。あるいは異人。



この真気が全身を循環しているあいだは、身体能力と五感の全てが強化される。圧倒的にだ。そこらのアスリートなんて目じゃないほどだ。今、オリンピックに出場すれば、全ての競技で金メダルをとれるだろう。



セイセキは、イナバたちが所属する組織の通称だ。正式名称ではない。正式名称は知らない。たぶん、誰も知らないんじゃないかと思う。正式名称も知らないし、具体的にどんな組織なのかも知らない。



その組織らしきものの本部、もしくは本社が東京の聖蹟桜ヶ丘駅近くにある。そのため、誰ともなくセイセキと呼ぶようになった。



グレーのニット帽と漆黒のアノラックパーカーとえんじ色のズボンが、真気に反応して一瞬白銀に輝いた。これは戦闘服だ。



単なる服ではない。真気に反応するのだ。真気が循環することで、今までは見えないモノも見えるようになる。5人の男たちの背後、廃墟と化した工場の群れを無数の黒い不定形のモノがユラユラと揺れている。



邪精。澱んだ場所に発生する。名前ほど悪さをするわけではないが、良いこともしない。いないに越したことない存在。邪精だらけの家とか最悪。やたら、自殺者が多いとか、精神疾患が妙に多い家は、だいたい邪精の溜まり場だったりする。



トビが動いた。右手を前方にぐいと出した。片手で合掌するみたいに手を立てた。手の形で色んな印がある。その印の1つ。その右手のひらの空間が揺らぎ出した。トビの真気が、その空間に渦を巻いて集中していく。


それと同時にトビの足元に真紅の円陣が展開される。円陣には文字や不可思議な形が幾何学的に並んでいる。


空気が歪む。歪みながら、何かが形となって現れた。カボチャだ。カボチャのオバケ。三角形の目とギザギザの大きく裂けた口をしたカボチャのオバケ。



ハロウィンのジャック・オー・ランタンだ。それは人の頭の半分ほどの大きさの半透明のカボチャであった。そのカボチャランタンは橙色に明滅する。



真気で形成したカボチャランタンは、トビの手のひらから離れて。10メートル先の監視塔に向かって飛んでいった。前方にいる5人の男たちはそのカボチャランタンを目で追いかける。



監視塔にいる無表情な男はそのカボチャランタンを見つめつづける。普通の人間の目には、このカボチャランタンは見えない。真気を知覚できる人間にしか見えない。



カボチャランタンはスルスルと飛んでいく。どこか間の抜けた光景だ。監視塔の男の猟銃に、橙色に明滅する半透明のカボチャランタンは音もなくぶつかった。



その瞬間、猟銃は一瞬で炎に包まれた。男があわてて猟銃から手を離す。だが、遅い。真気で構成されたこの世ならざる炎が、腕に付着する。



男は手を左右に振り回すが、粘性の炎はねっとりと絡みつき、男の腕から離れようとはしない。みるみるうちに全身に広がっていく。



そして、むさぼるように焼いていく。執拗にねっとりと。



つづきはこちら↓




いいなと思ったら応援しよう!