「物価の番人」が沈黙する国——山口真由氏の指摘は正しいが、責任の所在はもっと広い

「物価の番人」が沈黙する国——山口真由氏の指摘は正しいが、責任の所在はもっと広い

山口真由氏が、39年8カ月ぶりの円安水準を前に「『物価の番人』であるはずの日銀」の姿勢を「事なかれ主義」と評した。手厳しい表現だが、現状を見る限り的外れとは言えない。

直近の円安は、中東情勢の緊迫とトランプ大統領のイラン攻撃検討発言による「有事のドル買い」、それに伴う原油高が直接の引き金になっている。これは日銀のコントロールが及ばない外的要因だ。しかしそれとは別に、日本経済新聞が指摘するように高市政権では初めての骨太の方針の閣議決定が号砲となり、「どう転んでも円安」という空気が市場に戻ったという側面もある 。つまり、政府が円安是正に本気で取り組む姿勢を見せていないという市場の「見透かし」が、下落基調をさらに助長している。山口氏の言う「事なかれ主義」は、日銀単体というより、政府と日銀を含めた政策全体の空気を指していると読むべきだろう。

ここで一点、批判を加えたい。「物価の番人」という言葉が示す通り、日銀の使命は本来、物価の安定であって為替水準そのものの管理ではない。円安がインフレを通じて物価目標に影響する限りにおいて日銀の対応マターになるが、為替介入は財務省の所管であり、日銀に為替そのものを止める権限があるわけではない。この点で「日銀が毅然と対応すべき」という論法は、やや責任の所在をぼかしてしまう危険もある。本来問われるべきは、日銀の利上げ判断の遅さと同時に、政府が積極財政路線を続けながら円安を実質的に容認しているように見える、その政治的姿勢そのものだ。

とはいえ、「何かをすると減点される社会」という山口氏の指摘は本質を突いている。利上げをすれば景気腰折れや政権批判のリスクを負い、放置すれば通貨安と輸入インフレのツケが国民に回る。どちらを選んでも批判は避けられない状況で、組織や個人が「動かないことの安全」を選び続ければ、その先にあるのは緩やかな通貨価値の劣化だ。これは中央銀行に限った話ではない。地方の金融機関や企業統治の現場でも、私はまったく同じ構造——「動けば責任を問われるから動かない」という力学——を見てきた。事なかれ主義は日銀固有の病ではなく、日本の組織文化に広く根を張った習性であり、それが国家レベルで表面化したのが今の円安局面だと言える。

日本が「終わり」かどうかは分からない。しかし、誰も責任を取らずに現状維持だけを選び続ける限り、通貨も、地域経済も、静かに目減りしていくことだけは確かだ。

#日銀 #円安 #山口真由 #物価の番人 #事なかれ主義 #忖度なしで岩手から

いいなと思ったら応援しよう!