バッテリーは「コモディティ」になった。ファーウェイが突きつけた、EV競争の終わりの始まり。
前回のnoteでは、CATLが仕掛ける「インフラ制圧」のシナリオを書いた。
「6分27秒」という異次元の超急速充電。バッテリー交換ステーションの全国展開。エネルギー流通そのものを握ろうとするプラットフォーム戦略。それがCATLの描く未来図だった。
しかし今週、その構図を根底から揺さぶるニュースが飛び込んできた。
ファーウェイ主導のEVブランド連合「HIMA(鴻蒙智行)」が、CATLへの依存を切り崩しにかかっている。
■ AITOとCATL、5年間の蜜月
2022年8月。AITOブランドを共同運営するセレス集団は、CATLと5年間の戦略の提携を締結した。全車種にCATL製バッテリーを採用するという、盤石な関係だった。
2025年には、AITOのスーパー工場内にCATLが生産ラインを設ける、いわば「工場の中に工場」という踏み込んだ構造さえ実現していた。
その関係が、今、崩れ始めている。
■ 工場の中に工場、という踏み込んだ構造
複数の業界関係者によれば、HIMAはAITOブランドに国軒高科(Gotion)と中創新航科技(CALB)を新たなサプライヤーとして取り込み、智界(LUXEED)にも国軒高科と欣旺達電子(Sunwoda)を加える見通しだ。AITO M6には、国軒高科製81kWhのLFPバッテリーパックの採用が決定。ファーウェイはすでに国軒高科の工場に担当チームを派遣し、量産審査を進めている。
■ なぜ動いたのか。答えはシンプルだ
今年に入り、半導体メモリーや炭酸リチウムなど原材料の価格が高騰。AITOを共同運営するセレス集団の張興海董事長は、コスト増加が1台あたり1万5000〜2万元(約36万〜50万円)に達すると明かした。
車両コストの約30%を占めるバッテリー。ここを削るのは当然の判断だ。
中堅メーカーの電池パックはCATL比で約10%安い。50kWhクラスで試算すると、1台あたり約2000元(約5万円)の差になる。競争が激化する20万〜30万元クラスの市場では、この差は決して小さくない。
さらに背景がある。小鵬汽車(Xpeng)や小米汽車(Xiaomi Auto)が中・低価格帯で攻勢をかけ、HIMAは販売計画の達成を迫られている。2026年の年間納車目標は100万台超。だが今年1〜5月の累計は20万台に届いていない。年間換算で約50万台前後のペースだ。2年で2倍近い成長が必要な、野心的な目標と言える。
コスト削減は急務だ。
■ 「完全な脱CATL」ではない。支配構造の変質だ
ひとつ重要な補足を加えておく。これは「完全な脱CATL」ではない。超⾼級ブランドの「尊界(MAEXTRO)」ではCATLの採用が維持される。あくまで「第2サプライヤーの追加」であり、CATLも価格戦略の見直しで反撃を準備している。主役交代ではなく、支配構造の変質だ。
■ 「実用十分」の壁を越えた
ここで立ち止まって考えたい。
なぜ中堅メーカーのバッテリーで「問題ない」と判断できるのか。
それは、LFP電池の性能がすでに一般ユーザーの実用水準を超えているからだ。
スマートフォン市場を思い出してほしい。かつてはCPUのクロック数やカメラの画素数が購買を左右した。今、最新iPhoneを買う際にプロセッサのスペックを調べる人がどれだけいるか。
技術がある閾値を超えると、市場はスペックへの関心を失う。「普通に使う分には十分」という壁だ。
EVのバッテリーも、その壁に到達しつつある。
CATLの「6分27秒」とBYDの「9分充電」。技術的には圧倒的な差だ。しかしサービスエリアでコーヒーを買って戻る一般ドライバーにとって、その3分強の差が購買決定を変えるだろうか。航続700kmと800kmの差が、日常の行動範囲を変えるだろうか。
ファーウェイの「脱CATL」は、その問いへの、市場からの回答だ。
■ CATLが「インフラ」に賭ける理由
では、CATLはなぜ超急速充電インフラやバッテリー交換ステーションへの投資を加速させているのか。
バッテリー単体の性能では差別化できなくなる未来を、誰よりも早く見据えているからだ。
電池が「コモディティ(汎用品)」になれば、価格競争に飲み込まれる。それを避けるための布石が、充電インフラという「代替不可能なプラットフォーム」の先行確保だ。
たとえ自動車メーカーが「安い電池でいい」と判断しても、充電ネットワークの規格がCATLで動いていれば、エネルギー流通の手数料は永続的に入り続ける。
ハードの戦場を捨て、インフラの戦場へ。
CATLの動きは、自らの「コモディティ化」を見越した合理的な撤退戦でもある。
■ 勝負の軸は、すでに移っている
スマホがハードのスペック競争を終え、iOSエコシステムとAndroidのコスパ競争に収束したように、EVも同じ転換点を迎えつつある。
HIMAが中堅バッテリーで浮かせたコストを、HarmonyOSや自動運転(ADAS)というソフトウェア体験の強化と価格競争力に回しているのは、その証左だ。
「0.1秒速いバッテリー」を作った者が勝つ時代は、終わりに近づいている。
これからの勝者は、ユーザーの生活を包むソフトウェアのエコシステムを握るか、社会を動かすエネルギーのインフラを握るか。どちらかだ。
バッテリーはもはや「差別化の源泉」ではなく、「調達コストの変数」になった。
あなたが次にクルマを選ぶとき、バッテリーのメーカー名を気にするだろうか。
航続距離が700kmか800kmか、充電が6分か9分か、その差が、あなたの生活を本当に変えるだろうか。
もし答えが「変わらない」なら、バッテリーはもはや「差別化の源泉」ではなく、「調達コストの変数」になったと言えるかもしれない。
あなたのクルマの中の電池が、誰のものかを気にする時代は、もう終わっているのかもしれない。
■ 【後編予告】日本は、全く違う答えを出した
中国が「バッテリーはコモディティ」と割り切り、ソフトウェアとインフラに軸足を移したとき——日本の製造業もまた、同じ結論に辿り着いていた。
ただし、打ち手は真逆だ。
「電池セルで勝てないなら、電池工場そのものを売ればいい」
日立製作所、リコーなど国内9社が結集した「Swiftfab(ブロック型工場)」構想が目指すのは、EV電池生産設備のコストを7割削減すること。
バッテリーがコモディティになる時代を、日本は「製造インフラの輸出」という形で生き残ろうとしている。
その全貌は、後編で。
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