相談所のふたり⑤
数日後の昼休み、拓也は葵にメッセージを送った。
『今日、例の定食屋、どうですか』
『行きたいです!今日ならちょうど早く終わりそうです』
『じゃあ、待ち合わせ、駅で』
『了解です』
仕事帰りのまま、2人は待ち合わせ場所に向かった。
「お疲れ様です、お待たせしました」
「いえ、私も今来たところです。お疲れ様です」
お互い、スーツ姿のままだった。いつものデートの時とは、少し雰囲気が違った。
服装が違うだけで、なんとなく、いつもより少し緊張してしまう気がした。
休日とは違う、少し慌ただしい平日夕方の空気が、駅前に流れていた。
店に着くと、幸い、そこまで並んでいなかった。
「意外と、すぐ入れそうですね」
「平日だからですね、きっと」
少し並んで、席に案内される。
「これ、テレビで見たまんまです」
「本当に、その店なんですね」
「はい、間違いないです」
料理を注文して、しばらくすると、湯気の立つ定食が運ばれてきた。
「わあ、美味しそうです」
「良い匂いですね」
手を合わせて、2人同時に箸をつける。
「……美味しいです、これ」
葵が、少し驚いたような声を上げた。
「本当ですね。テレビで見た時より、美味しそうかもしれないです」
「並んでる理由、わかりました」
「わかりますね、これは」
しばらく食べ進めたところで、葵がしみじみと言った。
「なんか、こういう平日のご飯も、いいですね」
「気張らない感じが、いいですよね」
「はい。休日のデートとはまた違う、日常っぽい感じで」
葵がしみじみと続けた。
「普段の食事って、正直、味気ないんですよね。1人だと」
「わかります、それ」
「今日、拓也さんと一緒に食べられて、なんか、単純に嬉しいです」
「単純な理由ですね」
「単純が一番、長続きする気がします」
「たしかに」
「拓也さんは、普段、自炊してるんですか」
「してます、一応。凝ったのは作れないですけど」
「どんなの作るんですか」
「炒め物とか、味噌汁とか。定番のやつばっかりです」
「地味ですね」
「地味です、自分でも思います」
「葵さんは?」
「私も、平日は簡単なものが多いです。パスタとか、丼物とか」
「意外です、文学系のイメージだと、もっと手の込んだの作ってそうで」
「そのイメージ、何なんですか」
「なんとなく」
「まあ、休日はもう少し凝ったもの作りますけど」
「休日は違うんですね」
「休日は、お菓子作ったりします」
「お菓子」
「クッキーとか、パウンドケーキとか。得意な方だと思います」
「意外です」
「また、それ言いますね」
「本当に意外なので」
「今度、作ったやつ、持ってきましょうか」
「本当ですか」
「はい。反応、見てみたいです」
「楽しみにしてます」
食事を続けながら、他愛のない話がしばらく続いた。
「拓也さんの味噌汁、どんな感じの味なんですか」
「普通です。母のやつ、真似してるだけなので」
「実家の味、なんですね」
「そうかもしれないです」
「私は、母よりお菓子作る方が好きで、料理はそこまで得意じゃないです」
「得意不得意、はっきりしてるんですね」
「そうですね。拓也さんは、逆に何でも平均的にできそうです」
「平均的、ですか」
「悪い意味じゃないです。安定感あるってことです」
「安定感、いいですね、その表現」
「褒めてます、ちゃんと」
料理を食べ終える頃には、すっかりリラックスした空気になっていた。
「今日、なんか、いつもよりたくさん喋った気がします」
「俺もです」
「平日の方が、肩の力抜けるのかもしれないですね」
「かもしれないです」
店を出ると、夜の空気がまだ少し暖かかった。
「本当に、美味しかったです」
「テレビで見た通り、期待以上でした」
「今度、また来ましょうね」
「また、平日、誘ってください」
「はい、誘います」
駅に向かって、少しゆっくり歩く。
「そういえば」
拓也がふと思いついたように言った。
「葵さんの誕生日、まだ聞いてなかった気がします」
「え、知らなかったんですか」
「聞いてないと思います、多分」
葵が少し驚いた顔をした。
「私、拓也さんの誕生日、知ってますよ」
「え、いつ言いました?」
「言ってないです。相談所のプロフィールに書いてあったので」
「そうでしたっけ」
「2月10日ですよね」
「合ってます……でも、それ、覚えてたんですか」
「なんとなく、見た時に覚えました」
拓也は少し驚いた。自分は、葵の誕生日を確認しようとすら思っていなかった。
「俺、そういうの、ちゃんと見てなかったです。プロフィールとか」
「意外です。堅実なタイプなのに」
「堅実さ、そこには発揮されてなかったみたいです」
葵が笑った。
「ちなみに、私の誕生日は8月10日です」
「8月10日……覚えました」
「今、頑張って覚えましたね、顔に出てます」
「バレました?」
「バレバレです」
「あ」
葵が何かに気づいた顔をした。
「拓也さんも、10日じゃないですか」
「あ、本当だ」
「2月10日と、8月10日」
「日にちだけ、一緒ですね」
「なんか、ちょっと嬉しいです、これ」
「そうですか?」
「そうです。運命とか言わないですけど、ちょっとテンション上がります」
拓也もつられて、少し口元が緩んだ。
「実は、相談所のプロフィール、ちゃんと見てなかったです。葵さんの誕生日も、規約も、色々」
「本当に見てないんですね、そういうの」
「面目ないです」
葵が、いたずらっぽい顔をした。
「実は、拓也さんに教えたいことがあります」
「なんですか」
「今、交際始まって、相談所の方は休会扱いのはずなのに」
「はい」
「マイページ、実はまだ見れるんですよ」
「え、そうなんですか」
「見れます。試したことあるので」
「なんで見れるんですか、休会中なのに」
「知らないです、そういう仕組みなんだと思います」
「じゃあ、俺のプロフィールも、まだ見れるってことですか」
「見れますね、多分」
「見てたんですか、俺の」
「見てました、たまに」
「なんで今更、ちょっと恥ずかしいです」
「今更ですよね」
葵が笑いながら、続けた。
「今度、拓也さんも見てみたらどうですか。休会中でも見れるって知ったら、ちょっと面白いと思います」
「見てみます」
軽いやり取りをしながら、駅に着いた。
「じゃあ、また連絡します」
「はい、また」
ホームで電車を待つ間、拓也は久しぶりに相談所のアプリを開いてみた。
マイページに、葵のプロフィールが表示される。
「なるほど……」
つい声に出てしまった。誕生日が、思ったよりわかりやすい場所に表示されていた。
――もっと早く気づいてれば。
画面をスクロールしていくと、「好きなこと」の項目が目に入った。
読書、お菓子作り、そして——ドライブ。
拓也は、少し手を止めた。
――そういえば、ドライブ、誘ったままだった。
水族館の帰り際に自分から言い出したはずなのに、その後、色々あって、すっかり頭の片隅に追いやられていた。
――どうしようか。
電車に揺られながら、そんなことを考えていると、スマホが震えた。
『今日はありがとうございました!平日にもこうやって会えたのは嬉しかったのと、行列のできるお店に行けたことが良かったです!また、気軽にご飯とかしましょうね』
拓也は、少し口元を緩めながら返信した。
『いえいえ、こちらこそ楽しかったです。今度また行きましょう』
送信してから、少し迷って、続けて打った。
『急なんですが、今週末の予定なんですが、何かありますか?』
『とくに無いですが、どこか行きますか?』
提案されて、少し嬉しくなった。
『ドライブデートとか、どうかなって思いまして』
『ああ、以前言ってましたねぇ』
『覚えてくれてたんですね、嬉しいです』
『良いですね、行きましょう!どこ行きますか?』
『じゃあ、ちょっと考えて、また連絡します』
『そうですか、無理しなくてもいいので。楽しみにしています』
『楽しみにしていてください』
帰宅すると、拓也は早速パソコンを開いた。
――ドライブデートって言っても、何すればいいんだろう。
仕事では、公用車を運転する機会がそれなりにあった。地域振興課の仕事柄、農家を回ったり、イベントの荷物を運んだりで、ハンドルを握ること自体は珍しくない。
ただ、ドライブデートとなると、勝手が違った。目的地に行くための運転と、楽しんでもらうための運転は、まったく別の話だった。具体的に何をすればいいのか、すぐには思い浮かばなかった。
とりあえず、近場で楽しめそうな場所を検索してみる。
「グランピング」という文字が目に留まった。よく知らない言葉だったが、調べてみると、テントや道具の準備なしで、手ぶらでバーベキューや宿泊を楽しめる施設らしかった。
――おしゃれなバーベキュー、みたいな感じか。
しかも、日帰りプランもあるという。準備の手間がないなら、面倒くさがりの自分にも向いていそうだった。
――日帰りだし、近場のグランピングとか、いいかもしれない。
奥多摩あたりを想定して検索してみたが、急な週末の予約となると、空いている施設がほとんどなかった。栃木方面も試してみたが、結果は同じだった。
――近場、案外難しいな。
粘って探すうち、長野の高原にあるグランピング施設が、たまたま空いているのを見つけた。少し距離はあるが、写真を見る限り、景色も良さそうだった。
――これでいくか。
急ごしらえではあったが、プランをまとめて、葵に送る。
『日帰りでグランピングとか、どうですか。少し遠くなったんですけど、良さそうな場所見つけました』
『わあ、素敵です!楽しみです』
『準備、色々進めておきます』
『ありがとうございます。当日、楽しみにしてます』
『では、また週末に』
『はい、こちらこそ』
拓也はパソコンを閉じた。
――グランピング、か。楽しみだな。
