【noteでBL】お兄ちゃん、ピンチです
2026年最初のnoteでBL企画。
今回はコノヤマも初心に帰って、両片想い師弟コンビのお話ですよっと。
【お題】
「桃色片想い」「旅」「今、そこにある危機」
【ジャンル】
現代コメディ
【あらすじ】
大学の飲み会で散々酔っぱらった翌朝、目が覚めたら、隣に教え子が寝ていた。
弟の親友で、第二の弟のように可愛がっている、どうやら自分に惚れているらしい現役高校生の教え子、遠山光が。
「旅に出よう」
社会的“死”を覚悟した高校野球部コーチ、高良龍治の脳内に流れ出したのは走馬灯か、はたまた現実逃避の妄想か。
混乱冷めぬ龍治を他所に、目を覚ました光の様子は普段とどこか違っていて。
「おはよう、龍治さん」
お兄ちゃん、今日が年貢の収め時?
「兄貴、光、そこ正座」
そして弟、虎徹の真意とは?
お兄ちゃん、ピンチです
ーー旅に出よう
ガンガン痛む頭を抱えて目覚めた夜明け前。それを視界に捉え認識した高良龍治は、まず真っ先にそう思った。
始まりは真冬の早朝、肌に馴染むぬくもりは自室のベッドだと自覚すると同時に、ふっと湧いた違和感。抵抗を続ける瞼を押し上げて確認した先にあった、規則正しい寝息。
まつ毛長……なんてぼんやり思ったのは、コンマ数秒にも満たない刹那。
「……光?」
即座に覚醒した衝撃は冒頭につながる。同時に襲うのは「やらかした?」「どうしてこうなった」という動揺。
(待て、待て待て俺。冷静になれ俺、何事も現状把握が第一だ俺)
驚きのあまり跳ね起きる事も出来ずに固まっていた龍治だったが、おかげで共寝のお相手は未だ夢の中。どこかまだあどけない、気持ちよく爆睡中らしき健やかな寝顔であった。
駄目だ、どう足掻いても事案の香り。出会った頃の小学生の顔まで思い出して、布団の中だというのにやけに寒い。
少年野球のチームで出会って、まもなく十年。
思えば、当時の光は大人しい子どもだった。
光と同じ年の弟が常にそこら辺をウロチョロ走り回っているような落ち着きのない子だったから、余計にそう思った。
色白で、無口で、表情もあまり変わらない子ども。そのくせ、こと野球に関することだけは年相応にキラキラした眼差しを向けてくる子ども。
エースピッチャーだった龍治は、よく知っている羨望だ。
(我ながら人生で一番輝いていた時だからなぁ)
野球少年が思い描く憧れの先輩を想像してもらえば、だいたい合っている。そう断言出来るくらいには、龍治はエースだったので。まして、小学生の4歳差は大きい。
そんな、自分に憧れる後輩の一人だった光が、弟の親友というポジションに変わったのはいつからか。確か二人がバッテリーを組んだ頃、龍治が中学に上がってリトルリーグを卒業した後だ。
父親がリトルリーグの監督だった縁もあり、OBとして時々指導もしていたからよく覚えている。
同学年ピッチャーの中では一番筋が良くて根性があったから、という理由も本心だけど、弟と仲がよい子だから、という贔屓がまったく無かったとは言えないだろう。
『龍治先輩、フォーム変えました?』
龍治自身でも自覚していなかった、些細な変調に最初に気付いたのも光だった。
「んん……」
「!」
不意に上がったうめき声に、現実から離れかけていた意識が戻る。いつの間にかうっすらと見開かれた寝ぼけ眼には、引きつった龍治の顔。
「おはよう、龍治さん」
龍治さん。
文字にすれば些細な敬称の誤差。
されど、寝起き故とはいえとろけるような微笑み付きの一言。そのたった一言の破壊力をお分かり頂けるだろうか。
ーー旅に出るしか無くない?
人間という存在は、案外己の思考パターンや行動原理を把握していないもので。成る程これが逃避行動、などと頭の冷静な部分が分析するのを尻目に、精神の危機を感じ取った防衛本能の一人相撲は止まらない。
父さん母さん、弟よ。兄ちゃんはどこか遠い所に旅立ちますが探さないでください。きっと温かくて良い所です。グアムとかニューカレドニアとか。沖縄もいいな、本場のサータアンダギー食べたい。シーサーも可愛い。思い出してみると野球ばかりの人生で、家族旅行も兵庫(甲子園)や宮崎(某キャンプ地)ばかりでしたね。中華街もよく寄ったけどさ。
「しまった、沖縄もキャンプのメッカだ」
「キャンプ……?」
目が冴えてきたらしき、どこか訝しげなオウム返しに、ようやくストップがかかる。
改めて現状を省みるに、近い。
シングルベッドに成人男性と男子高校生。そりゃ狭い。寒さのせいもあってかやけに密着している体が、お互いきちんと着衣していたのが最後の救いである。見慣れたクソダサ紫の中学ジャージに感謝する日が来るなんて、知りたくなかった。
「昨日はすごかったですね」
(ごめんなさい嘘です生意気言ってすみませんお願いですから感謝させて助けてタナ先)
動揺のあまり中学時代の恩師、体育担当の田中先生にまで拝みだした龍治だが、元強豪校エースのポーカーフェイスは健在であった。
健在であった、はずなのだが。
「………………そんなに困ります?」
「え」
への字口と眉をしかめた、実に分かりやすいふくれっ面で唸られた。待て待て、お前だって現役エースだろうが普段のデフォルト無表情はどこに行った。そんな内心の動揺、先程までとは違う焦りの発生した胸の内を知ってか知らずか、光の追撃は止まらない。
「すみませんね、迷惑かけて」
「え、ちが……」
泣かれるかと思った。
咄嗟に伸ばした手が何かに触れる前に空を切り……
「突撃!隣のドッキリ大成こーーーーぅ痛あ!?」
……唐突に突入してきた愚弟を平手打ちしたのは仕方がない事だと思うのだ。
「ドッキリて、お前、ドッキリて!」
「いやビンタせんで良くない!?」
「だ、大丈夫か虎……ぶふっ」
「笑ってんじゃねー!」
「でも真面目に昨日は凄かったぜ、酔い方が」
「ああ、凄いってそういう……」
ありがとうタナ先、ぼくは無実です。
これには脳内田中先生(五十代強面愛妻家)もにっこりだ。
「たまたま泊まりに来てた光に抱きついたまま寝落ちするしさぁ」
「嘘だろ……」
訂正、普通にセクハラ案件だった。
拳を口元に当てる、いわゆるぶりっ子ポーズで恥じらっている光はふざけているのか本気なのか。項垂れすぎて土下座のような体勢で微動だにしなくなった龍治には、ちょっとよく分からない。
「意外だよな、兄貴が適量見誤るの」
「昨日は先輩の卒論お疲れ会で……」
なお、龍治は教育学部の二年生。
件の先輩は文学部の三年生で、プレゼミの研究室訪問で知り合った。先輩の後輩やそのサークル仲間など、ほぼ初対面の面子だらけだったが、途中から失恋慰めパーティーに進展し異様な盛り上がりを見せた飲み会だった。
「コミュ強怖……」
「どっちかと言えば、アルコール怖、じゃね?」
高校生ども、これが反面教師だ。
店を出たまでは覚えているのだが、どうやって自宅までたどり着いたのか記憶が曖昧だ。まして、帰宅後の記憶など完全に飛んでしまっていた。
「俺は結構役得だったけど」
「光は可愛いな〜ってムツゴ◯ウさんばりに頭ワッシャワシャしてたもんな」
「もう……もう勘弁して……」
「いやでも本当、これでもちょっと浮かれてたんですよ?」
きっといつもの無表情、と思わせるいつもの声色が耳朶に降る。明日は寒いらしい、などと告げる時のような調子なので油断した。
「叶わない夢が叶ったみたいで」
しばし、空気が凍った。
「兄貴、光、そこ正座」
「えっ」
「正座」
真っ先に動き出したのは、残念な兄を持つ弟、そして残念な親友を持つ友、虎徹であった。
彼は兄の、そして親友の理解者であった。彼は親友の抱く片想いも、その想いが恋と呼ぶには欲が無い事も知っている。よく言えば潔い。はっきり言えば自己完結。悪く言えば、踏み出す勇気が無さ過ぎる。諦らめんなよ、野球だったらせいぜいまだ3回裏だぞ。
なんで俺まで、と文句は言いつつも素直に並ぶ辺り、実は自覚あるのでは、と思わなくもない。
「兄貴、俺達がいくつになったか言ってみろ」
「は? 16だろ」
「そうだ、春から高2。成人年齢引き下げ前の女だったら結婚も出来る年だ。で、光。兄貴はいくつだ?」
「??? 二十歳だろ?」
「そう。春になったら大学三年生。ゼミだのインターンだの就活だの、忙しくなる。野球部のコーチもそろそろ卒業だ」
「!」
早くて春のセンバツか、長くても夏の甲子園。その辺りが最後になるだろう。
光とて想定はしていただろうが、改めて言葉にされるとあまりに短い。
「そうなれば、光は兄貴の教え子でもなんでもない。で、そうなったら遠慮する理由なんてあんの?」
「いや未成年!」
「それだってたかだかあと二年じゃん」
教え子だとか学生だとか、そんなものは有限だ。小学生の頃から知ってる? 弟のようなもの?
あえて言おう。だから何。
現実はもう小学生じゃないし、実の弟でもない。
「ごちゃごちゃ言い訳探す前に、もっと大事なものがあるだろうが」
要するに、虎徹は怒っているのだ。
教育者を目指す者として倫理感が揺るぎないのは結構だが、いつまでも子どもだと思うなよ。
「やらかしたならともかく、やらかさないからで叱られるとかあるか?」
「茶化すな意気地なし」
「意気地……」
「……沖縄」
ぽつりと呟かれた光の言葉に、兄弟の言い争いが止まる。脈絡のない単語に虚を突かれたともいう。
「や、もっと近場でも良いんですけど。どこか連れて行って下さいよ、卒業旅行。その時に」
実際に子どもでも教え子でもなくなった、その時に。
そこで一度言葉を切った光が息を吐く。緊張する場面では息を吸うことより吐くことを意識しろ、なんて指導したのは何年前だっけ。
「その時になったら、伝えたいことがあります」
聞いてくれますか、と続く言葉に、確かにこれは子どもではないと自覚せねばなるまい。
応えてくれますか、とは聞かなかったこと、せいぜい後悔すればいい。
ーーいつまでも逃げ一辺倒など性に合わない。
「ニューカレドニアだって連れて行ってやるよ」
