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じいじ 保育士を目指す! 半分寝落ち

さて、昨日は

 ベットで論文を書いていて、もうダメって感じで眠気に負けた。というより、いつもの寝る時間になったから寝たという方が正しいかも。

 こんな感じで、ウダウダと論文を書く手間をやっていた訳だが、よいよ書き始めてアウトラインに沿って、まずはラフに書ける段落から攻めようと、何故か最後で良さそうな「はじめに」を書いてしまった。

 論文は要旨の次が「はじめに」という構成(でない場合もあるが)で始まるから、論文をある程度書き終えてから書いても構わないし、その方が書きやすい場合の方が多いかも知れない。

  結局、ポメラで書いて、章立て構成部分はWordでないといけない(投稿規定)ので編集作業はPCでやる事にして、とにかく書く事に専念しようと考えた。

 論文の出だしは、大体(保育学会誌)、問題の所在と先行研究、そしてその議論をどう展開(方法)したか、この論文の主題は何を目指したのか的なもので始まる。

 要するに、先行研究がどれだけ進められており(現在の到達点)、その現状に対して自分はどういう方向に進む(進ませた)のかという表明をして、論を進める。つまり、自分の勝手な憶測や妄想で議論はしていません。先人の肩に乗って議論を進めます。私はこの道から更に◯◯の方向行く道筋を△△の論理的な議論をこういう思考方法(先行研究のB、C)を使って、D(結論)を導き出しました。という具合に結論へ導きますよ、という宣言部分だ。

 そして、そういう論理展開で論を進め、その論を積み上げて結論へ繋げる。この作業をひたすら続けて書き上げる訳だ。

 もっとも、論を進める積み木のイメージだけど、実際には書きやすいパート(段落)から書いて行くので、パズルのピースを作りながらそのピースが合う部分を埋める作業(アウトラインというピースの設計図がある)かも知れない。

 結論は既に出ているが、結論自体もだからこうだよねという「だから」の部分が長い訳で、A→Dの→の部分にA→(B→C)→Dという具合にB、Cという論理のステップが存在していきなりDという結論にはなり得ない(議論の精緻化)のと、その厳密な議論によって結論を導く作業が論文を構成する。

 これは、文献研究による進め方の一例だけど、データがある場合はそのデータを使って議論を進めるから、データ取得方法、内容、内容の妥当性、データ解析方法などを入れながら、データ分析結果を使って結論を導く。ここが文献研究との違いだろうか。

 そんな事を書いているが、自分の論文を書く事「早くやれよ」というオチだろうか。書かねば。。。

さて、今日はこの辺で。


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