【リハック高橋弘樹vs井上慎平対談】がやたら刺さったので紹介&感想 (前編)
これは2次的な、個人の偏見入りまくりな解釈の産物に過ぎません、ですので
【よいこのおやくそく】この蛇記事だけで、「動画の内容理解理解!」じゃない感じで
よろしくプリーズです!
全54分30秒強の動画の、〜25分ぐらいまでを本記事⑴とします。
⑵後編は↓こちら
《マイ「刺さった」項目↓》
◆イントロダクション
朝、フォローしてるno+erとことこてーさんのつぶやきが目に入り(↓)
ほえーそうなんだと思い、コメント欄のコニシ木の子さんとのやりとりも読み。
少し観てみようかな、と動画行ってみたら、
【総論】「なんのはなし(ですか/でしたっけ)」以外も、個人的にバチクソ刺さってしまった
のであります〜。
また、いまのぼくには深々とは刺さらなかったものの、人それぞれの興味関心によっては刺さりそうなトピックの散布・仕込みも多めに思います。
これは、動画の存在自体を他のno+erさんにも紹介したいな(刺さる人いるんじゃないかな)と感じましたのと、あとは自分的に刺さった箇所紹介したいと感じ、記事にしてみました。
◆お読みいただく上での、いくつかの注意書き
・井上慎平さんとの対談回は前後編ものであり、今回は後編の「クズはどう生きるか……エリート至上主義に物申す」を取り上げています。
・動画を観ながら、刺さった箇所を記録していく備忘録(あれ、忘備録?どっち?)、記録メモ用記事にもなっています(ぼく的には)。
・筆者は、これまで【ReHacQ】をほぼ観たことがない「ニワカもん状態」です。
根本的な勘違いなどあったら「あーごめんなさい!」ということで。
・でそれ言うと「#なんのはなしですか」についても、no+e来て4ヶ月経っていない新参なのでほぼあまりわかってないのです。
・みなさまが動画本体をご覧になった後で、あるいは観ながら、読まれるような想定で書いてみます。
・ドラフト(下書き)だと、刺さる(引用)箇所多くなりすぎちゃって……、
「他の方ではなく俺が刺さるとこよ?」って自身に言い聞かせながら、だいぶ削りました。
なるべく記事長くしたくない、動画観る気力体力にsaveしてほしいな、と思い。
・それでもやっぱり削り切らなくって、最終的には記事を前後編、⑴と⑵に分けました。
対象は井上さんとの対談の「後編動画だけ」で、一方ぼくの感想は「前後編2回に分割されている」という状況。
・記事中では、
高橋=高橋弘樹さん(経済メディア「ReHacQ」プロデューサー)
井上=井上慎平さん(NewsPicksパブリッシング創刊編集長)
を指します。敢えての敬称略。臨場感醸し出したいのと、同年代なので「大学で浪人して同学年だった奴は呼び捨てだったよな」と、そこを呼び起こして。
ちょっと、スポーツの実況中継も意識して、サッカーとかプロレスとか。呼び捨てじゃないと動画の熱量とスピード感に対応できない。
・大見出しは、お二人の発言からインスパイアされて山本が自分ごととして考えてみたものであり、必ずしも発言語句と忠実とは限りません。
・文中記号の説明
◆………章立て
▲………観てての「細かい気づきや雑感」をつぶやきます。
(…)……引用囲み内で使用。発言(相手の相づち含む)の省略箇所。
・引用囲み内は、すべてこの動画
「【ReHacQvsNewsPicks創刊編集長】クズはどう生きるか...エリート至上主義に物申す【高橋弘樹vs井上慎平】」(公開日2025.4.18)の両者の発言です。
文字起こし機能に助けられつつ、聞き書きで修正している感じです。
◆動画
刺さり① 動画タイトル「クズはどう生きるか」この時点で刺さる
ですね。
▲(「なぜ会社やめたんですか?」のテロップ、これは前半動画にも出ていたから、きっとこの通しテーマでいろんな方を呼んでるんだろうな。)
刺さり② 今の時代の中間管理職はすっげぇ、ムズい
井上「だから職場で働いてチームとか作るとなんか、「感情マネージメント」みたいなのも特に中間管理職の仕事とかになってきて(…)
めっちゃ気い使わなきゃ、その、さっきの(…)「嫌われたくない」とかそういのとは別でなんかいろんなことが「これ言っていいの?」「やっていいの?」みたいのが、前と比べてすっげー繊細だなあと思ってて。
体育会系でブラックな時ってバーンって言ったらもうそれで「ハイッ!」じゃないですか。
今、それ禁止されてるじゃないですか。
でその次の話法(…)コミュニケーション方法がよくわかんないままやってて(…)
周りの人との人間関係みたいなのが、ポリコレ化していくに従って、すっげえ、ムズい」
高橋「中間管理職に求めすぎなんすよ」
井上「求めすぎですね(…)「傷つかない指導ができる」っていう前提に立つから(…)明らかなパワハラは良くないですけど、傷つかない指導なんてないじゃないですか。(…)「人を傷つけられずにいられる」っていう傲慢なルールが、わりとこう前提としてあるから、もうなんにも言えなくなってるなっていう感じがあって」
▲まさにそう思うし、今、日本中でこういう「思いのフキダシ」が空気中に放たれているんだろうな、それをこうやって言語化してくれてありがてーなって。
刺さり③ 本作りの現場での、著者と編集者の会話について、勝手に妄想させてくれた
高橋「なんか本気でやる……本とか結構本気だと思うんですよね。(…)著者と編集者の会話なんてパワハラの仕合いだと思うんだよな、人格の否定の仕合いじゃないですかって」
井上「んーそうね、やんわりやんわり言ってたらいいもんできない (笑)」
▲いいねいいね!先の人生で、できるならなるべく早いうち、絶対そうやって担当くださる編集者さんとガチバトルしながら本を作ってみたいもんです。
ぼくが何か勘違いなこと書いたり言ったりしたら、もー間髪入れず、
「あんたばかなの?……って読者が思うかな、みたいな」
なんて編集者に詰られたーい!
最高のものに近づけてく過程での、必須のやりとりだと思っているので。

刺さり④ ドッキリ番組が一掃された後の世の中は生きやすいのだろうか(クズにも、そうでない人にも?)
井上「でも多分このまま行くと世の中からドッキリ一掃されそうな気しません?
(…)「あれって人傷つけるから」みたいなこと言われたら確かにってなるし(…)でもなんか、ある程度それはもう残していかないと、「人間の『クズさ』が行き所を失ってやばいぜ?」みたいな、なんか謎の危機感を今感じてます
▲ちなみにぼくは「観れる」派です。
それをもって「優しくない世界の住人」ってされたら、もやるなぁ。
刺さり⑤ 雑談と言いながら本質を語り合う
高橋「井上さんは、なんで……もう雑談すね、今日ね」
▲雑談ほんと大事で、雑談にこそ本質が混ざり込んでくる。しかもその純度や濃度はやたら高い。ぼくのno+eだってまあ雑談みたいなもんだ。
刺さり⑥ なんでクズじゃない前提?(ですよね〜)
高橋「なんで人間ってクズなんだと思います?」
井上「『なんでこんなクズさを忘れたんだろう』っていう、そっちの方が今となっては。(…)元々ね大したことないのに、なんで今こんな『クズじゃない』っていう前提になってるんでしょうね?
▲これは自分もずっと不思議で、初期記事にも言葉を変えて繰り返し書いているはず。
(この後、井上は「社会の集合知vs人は変わらない本質をもって生まれてくる、そこの『ついていけなさ』」や「エリートがその能力前提で作る世の中」論を展開する。
その中で、この時間帯で高橋の思う「クズ」は、「エリート以外の大多数の、大なり小なりの問題抱えた人々」の総称を指しているのかな、と思いました(が、「刺さり10」の時間帯では、井上やぼくの定義に寄っていく)。
刺さり⑦ 人の(no+erさんにも多そう?な)「本質」
井上「人といるのってめんどくさいんですよ。(…)「1 人だったら超自由なのに」っていうのが人間の本質なんだけど、もう一方の本質に「それでも誰かといたい」っていう矛盾した本質があって」
高橋「さみしいんですよね」
井上「さみしいんですよ、僕もめっちゃさみしがりで(…)」
▲なんか、no+e書くって、「1人」に身を置いて考えたりすることをベースに、自分にちょうどいい距離感で「誰かといたい、つながりたい」を満たすものかもしれないですよね。
少し遡って、
高橋「もう『自分でやろう』と思って。『本気でやることは人と関わらない』って」
▲パワハラ話の流れで、本気で取り組むコンテンツの編集を他者に任せて、出来が気に入らず何度も直させるのはパワハラそのものであり、だったらもう……、の流れ。
わかります。自分で100%コントロールできる方がストレスフリー。そもそも【ReHacQ】もそうやって、DIY(Do It Yourself)精神で始められたのでは、と推察する。コンテンツとして比べるレベルにないが、ぼくもこのno+eはそれだ。
刺さり⑧ 井上さんの「クズ」定義
井上「人間のクズさをどうしたらいいかみたいな(…)矛盾してるじゃないですか
(…)めちゃくちゃ臆病だけどめっちゃ大胆なところもあるんですよ
▲そそそ!まさに、それ、俺です。
井上「(めっちゃ臆病で同時にめっちゃ大胆)みたいなことって当たり前にあるけど、今ってなんかどっちかというと、『Aか、not Aか』(…)『AなのかA じゃないのか』みたいな、どっちかでしかあんま人が見られないし、(…)『人間ってそうやって矛盾するもんだよなー』って前提と、あと(…)クズさを、解決しなきゃって思っちゃうじゃないですか、自分の中で」
▲そう、社会の見方が個人を定義してくる。例えばno+e記事なんかで「俺はアンチモラル系」とうそぶいたところで、どっかで「フィットできてない俺はやっぱりおかしいんだろう」とかはずっと今でもどっかで思ってしまってる。でもね↓
刺さり⑨ 「お前はダメだ」って考えさせて傷つかせるのは、洗脳(されているからではないか)
井上「(仕事ができない自分なんかダメだという)自分に対する自分への罵りで傷ついてる人、めっちゃ多いなと思う」
高橋「あ、自分に対して自分で否定しちゃってるのか(…)それやっぱり洗脳されてんじゃないですか、やっぱその、教育じゃないですか。だって、『自分はこうじゃなきゃダメだ』って自分で否定してる、ってことですよね?」
井上「そうですね、洗脳ですよ洗脳、うん、まあ、教育はもう完全に」
高橋「道徳の授業とか廃止したらいいのに!」
▲ほんとそう。まずもってはっきりしたいのは、「追い込まれている人」は、絶対にクズではない。
ぼくの知っている人でいうと、真面目で律儀な「良い人」が多い印象だ。
「クズ」をこの文脈で使うなら、個人を破壊する社会の方がクズなのさ。
エリートが先導する社会や世論だとか、そんなようなものはまとめて、その局面ではうっちゃっていい気が。個人が、自分が優先で大事。今からでも。
……まぁ不倫はともあれとして、本当の意味で実在するかはわかんないけど自身の中には確実に居てしまう、そんな社会や世論や他者に、個人が追い込まれている状況なら。
刺さり10 高橋さんの「クズ」定義が寄ってきた
高橋「僕も考えたことあるんですけど、なんでクズなのかなと思ってこんな」
井上「(笑)内省が深いですね一(…)そんなクズなんですか?」
高橋「いやクズですよ結構(…)冷静に考えたら、生物にとって不利益なものって、淘汰されていくはずじゃないですか。クズな部分っていうのは本当はなくなってんじゃいかなってのが進化論の過程だと思ったんですよ
▲具体的にいうとみんな引くから言えない、けど、クズであることだけは示しておきた少なくともい。これすごくわかります。ぼくも職場でクズ宣言しようかな、なんて、無理だけど少なくとも思わせてくれる。
高橋「辿り着いた結論が(…)クズさって必要だったんだ、と思ったんですよ。クズとされる要素ってこうなんか一定の特徴が共通行があると思ってて、長い時間に環境ってものに思いを馳せた時に、平事と有事って概念があるじゃないですか。(…)『平時の時に有効なもの』が今良しとされてる、ポリコレ的に正しいと思われてるものだ、と思いました。
で、有事の時に力を発揮するのが、いわゆる今クズとされてるもの、例えばサイコパス性とか (…)
▲おそらく高橋さんがカムアウトできるクズさは、サイコパス性なのだろう。だが「例えば」が入ることで、「クズの多様性」が担保されていて、ありがたや。
高橋「不倫する人いるじゃないですか、まあもう本当にいっぱいそういうことしちゃうとか。全部、やっぱこう有事の時に役立つんですよね。こう人を攻撃するとか、何かこう危機にさらされたら地球が隕石衝突して食べ物少なくなりました (…)それでこう男子少なくなっちゃいましたとか。有事の時に役立つ能力だから、一応残ってんだろうなと思ったんですよね。
だけど比較的今人類進化してきてこう世安定してるじゃないですか。となるとやっぱ平時に良しとされる能力が良しとされ、有事に良しとされる能力がクズとされるんだろうなと思ったんですよね」
▲少し前に自記事で隕石を取り上げたのでタイムリーなのも楽しい(実際に衝突するとなったら、楽しいどころじゃないけどね)。なるほど、有事こそ俺の生きる道なのかな?個人的には、今が完全な平時だとは思っていなくて……
でも、気づいたら、引用文字数の多さもあり、5千字超えてしまってる。
このまま続けても、読んでくださる方も僕も疲れますな。
いったん切って、続きは⑵としてまた書きます。
いいなと思ったら応援しよう!
スキとフォローくだされば(気に入ってくださるなら、でね)十分なのであります!
いつか有料記事に挑戦しますので、その時までチップ取っといてください笑