見出し画像

あの夏からひと続きの時を、ずっと生きてる。

 (1,990文字)

 高1の夏休み。祖父母の家にいた。
 岩手の県北けんぽく沿岸部、薄曇りの空。真夏でも日差しに数%ひんやり成分が混ざっている。
 宿題は手付かず、高校野球中継を見るでもなく、1階の部屋で座っていた。
 ふいに、すぐ外の道を、誰か通った。
 祖父自慢の庭木越し、自転車を押して歩く若い女性を、目が捉えた。
 赤と白のチェックのワンピース姿。
 少しウェーブがかった、長めの髪。
 端正なその顔に、見覚えがあった。
(多分「かおりちゃん」)、以前、この辺りに住んでいた子。幼馴染と言えるのかどうか、僕が祖父母宅に来ると何人かで遊ぶ仲。
 一貫校の中学から、男子校生活4年目を迎えた僕には、その姿は文字通り、強く輝いて見えた。
 当時ブラウン管の向こうにいた、牧瀬里穂や横山めぐみばりの可憐さ。
 道を奥に進むとある、僕と同い年ののりこちゃん前に、自転車を停めていた。
 僕は室内で落ち着かなくなり、うろうろ行ったり来たり繰り返し、たまにさっと窓辺に歩み寄り、自転車の方を盗み見た。
(僕も、行って話に合流していいんじゃないか?)、
思う、が、足が向かわない。
 15分か20分後、とうとう彼女は自転車に乗り、なだらかな斜面の小道を降りてきた。
 厚いカーテンの影にさっと隠れ、レースのカーテン越しに見つめた。
 彼女が、チラッとこっちを見た気がした、けど自転車は止まることなく、もう、姿は見えなくなった。
 その後、どうやってだったのか、その日すぐ僕の母親あるいはのりこちゃんに聞きに行ったのか、ともあれ、僕は彼女が居る場所を知った。
 普通なら親の車でしか行かない、半島の向こう側。アイヌ語で「深めの入江」を意味する説もある(ぼくは当時唐突にアイヌ語にはまっていて知っていた)集落に、僕みたく祖父母宅に遊びに来ているらしい。
 今は、岩手から、青森に引っ越したとも聞いた。
 (もし、会いに行かなかったら、この先ずっと会えないのかも)
 それで僕はその日の午後、M駅前からバスに乗った。
 花屋に、ひとりでは生まれて初めて、入って、目についた花束を買った。黄色や青やピンクが綺麗に思えた。乗り合う人に見られないよう、リュックに押し込んだ。
 風景は、のどかで小さい砂浜たち、そして緑深い木々に。
 山を越える。こんな細い道よく……、と思えるぐねぐね道をバスは縫う。ずっと後になって、神奈川県の真鶴で終点の岬へ向かうバスに乗っていて、僕はこの夏の日のことを思い出した。
 視界が開け、反対側の山の麓が終点、バスの営業所だった。
 おばさんやお婆さんが降り、最後に僕が降りた。
 教わった家の前まで歩いた。
 大きな庭。大小のトラックにバン。土建業の看板が出ていた。
 タンクトップで筋骨隆々の10代後半ぐらいの男3人が突然現れ、隠れる間もなかった。
 3人共、あきらかに興味持って僕を鋭く眺めはじめ、今にも⸻誰お前?とかのえぐるやつ⸻言われそうな間合いの時だった、

「え、Yくん?」

かおりちゃんが、赤白チェックのワンピースで庭に立っていた。
何年も会っていなかったのに、僕をわかってくれた。
3人の男はもうどこかへ行き、道と庭の間に、かおりちゃんと僕だけ、向かい合っていた。
 時が止まったような一瞬に、永遠を感じていた。
 少し離れた場所で、ひまわりが優しく揺れた。
 何か言わなきゃって思った時、何かがかおりちゃんの肩に止まった。
「てんとう虫」、
僕は言った。
「え、やだ」、彼女は身をよじり、僕は思わず手を伸ばし、てんとう虫を掌に入れた。
 その時、少し、腕に触れて、体に電気が疾った。

「海の方に行かない?」

 かおりちゃんが言った。
 そこからは、ただ魔法だった。
 漁港近くの堤防に、何時間も一緒に座った。どういうわけか、フナムシの一匹も現れなかった。
 夕暮れ前頃、横の彼女が、ころんと僕に寄りかかってくれた。背中におずおず手を回し、そっとあてがうのが精一杯だった、キスなんかしたくてもできなかったし、なんと買った花は渡さずじまい。が、結果、それでよかったのかもだ。
 かおりちゃんに送られてバス停へ行き、手を振って別れ、神奈川と青森間の文通が始まった。2年後、僕は弘前大に受かり、かおりちゃんは青森市内の看護学校に入った。その後数えきれないくらい行く彼女の母営むスナック「くわた」で再会し、その夜、離れの部屋で僕らは結ばれた。
 僕が26、彼女が27のときに結婚した。
 当初は青森市内の、僕の会社の借上げアパートに住んでいて、子供が6歳と3歳の頃、市内の西、油岡の船川に中古の1戸建てを買った。
 家というと、長く住み、子供たちとの時間と結びついた、そこの思い入れが深い、とかたるこれはオートフィクションです。
 人生で起き得た別の可能性を求め、住んだことのない家に、一緒になったかもしれない誰かと、住んでみるのです。

(了)

いいなと思ったら応援しよう!

山本蛇内 yamamotojanai スキとフォローくだされば(気に入ってくださるなら、でね)十分なのであります! いつか有料記事に挑戦しますので、その時までチップ取っといてください笑