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【創作】特命と、美しい人と、シャイな男


 小さな印刷会社に、勤めていたころのこと。出入りする業者の営業さんには、魅力的な人が多くいました。特に気になっていたのは、紙問屋の営業さんでした。背が小さくて小太りで、鈴木ヒロミツ似。でも、愛嬌があって、話し上手で、社内女子社員の間では、人気がありました。女子社員と言いましても、まぁ、おばちゃまたち、です。才媛ぞろいでした。

 「ねね、多賀さん、あなた独身だったわよね?いい人いるの?」制作部のボスが、話しかけます。多賀さんというのは社名で、本名ではありません。営業さんたちは、社名で呼ばれることが多かったのです。多賀さんは、ちょっと照れたように「いやぁ、僕、もてなくて。いい人、紹介してもらえませんか?」そんな風に答える多賀さんは、顔を赤らめてモジモジ。

「じゃぁ、どんな人がお好みなの?」
「僕は~、年上の人が好みなんです」

 きゃ~と嬌声をあげる、おばちゃまたち。あなたが好みです、と言われたわけではないのに、そんなに嬉しいものなんだなぁと、思う。いや、実は、この小太りで冴えない感じの営業さん、私のストライクゾーンなんだよね。頭のいい男、好き。

 七夕で、会社の飲み会があったとき、関係会社の営業さんたちも参加していました。ビールを飲みながら、多賀さんと話をする機会がありました。「ねね、多賀さん、年上の女が好きってホント?」すると、普段とは印象が違う、ギラっとした目で「セールストークです」と言い出す。しばらく話していると、どうもこの人、アルコールが入ると、シャイな感じが消えうせるとわかりました。「僕はね、あんたみたいな気の強い女が好きなの」驚きました。「それって、またセールストーク?」多賀さん、ふっと笑って「お開きなったらどっか行きません?」と誘ってくるし。オッケーだし。

 仕事には悩みがありました。社長は、制作から版下までの作業に、高性能のワードプロセッサー(編集機)の導入を考えていました。この機種の選定のスキルが私にあったので、採用されました。社長の特命でした。私の職務の体裁は、工程管理でした。社内のあらゆる場所に関わり、作業の効率化、故障撲滅のための問題点の洗い出しも担っていました。初めての業種だったので、古株の皆さんに、いろいろ教えてもらいながら、極秘のレポートを毎週、社長に上げていました。もし、社長が考えている、高性能の編集機が導入されると、社内の半分以上の技術者が仕事を失います。新しい技術に対応できれば、職を失うことはないのですけれど、でも。

 私は職人が大好きです。職人や技術者の仕事への情熱や、長く引き継がれてきたテクニック、それを守り、育て、継承していく姿は、ひたすらに美しいと思っています。時代の要請で、機器は爆発的に進化していて、乗り遅れれば会社の存亡に関わります。私はコウモリのような立場なのでした。

 関連会社の営業さんたちと、個別に飲む機会も多くて、仕事半分遊び半分。社内では話しにくい情勢を教えてもらっていました。関連会社の営業たちは、多くの顧客を抱えていて、同じように新しい機器の導入を考えている会社とも繋がっているのです。「うちの工務さんは酒飲み」と、古参の社員たちには呆れられていました。

 印刷機器展や関連のショーがあると、社長に連れられて、各部署のリーダーと私はでかけます。気になる展示があったら、よく話を聞いておくこと、その報告をすることと厳命されていました。私がたくさんのブースに飛び込んでいく様子をみて、制作部のボスが、社長の意図にうすうす気づいたようでした。しばらくして、私は制作部のボスの家に招かれました。

 瀟洒な邸宅の奥様でした。本来なら、わざわざ、フルタイムで働かなくても良い、優雅な方なのでした。でも彼女は、子どもが手を離れてから「タイピストになって働きたい」という夢を掴んだ人なのでした。印刷会社の制作はタイピストではありませんが、タイプされたものを構成する仕事で、彼女はとても満足していました。それと引き換えに、ご主人とは家庭内別居が始まったのだそうです。それでも、自立したかったと。とても魅力的な女性でした。社内では対立することもありました。他の社員たちは、私と彼女が犬猿の仲と思ってたようですが、私は彼女を尊敬していました。仕事に対するプライドが美しかった。

 私と制作のボスは、協定を結びました。彼女が新しく導入される機器に対応できるように、週末、パソコンやワープロが使える貸しスペースを利用してレッスンを始めました。私の会社内での微妙な立場はそのままですけれど、彼女がリードして新しい仕事の形に対応・指導できれば、大量解雇などは起こらないのです。

 そんなこんな、飛び回る私。時々、シャイな多賀さんとデートしていました。仕事のストレスで、怒り狂う私を惚れ惚れ見ている変な人。だけど、私が「物書き」を目指していると知ると、引いていきました。同僚の奥さんが、ナントカの文学賞を取り、作家活動をするようになったのだそうです。その夫婦は離婚したそうです。同僚は自分のプライバシーが、世間に公開されていると感じて、耐えられなかったのだそうです。なるほど。どう考えても、自分も耐えられないだろうと、そう言いました。そんな、私が文学賞をもらうとか、本当に作家になるとか、途方もない話じゃないですか。「でも、あんたは書くのをやめないだろ?売れようが売れまいが、やり続けるんだろ?」


ガバッと勢いよく立ち上がり、
ガツン!とブーツを踏み鳴らし、
静かに「さよなら」と告げる。

惚れ惚れと見上げる、おかしな男。


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