相手はどう思ったんだろう|答えの出ないことを抱え続けていた
誰かとのやりとりの後、
その言葉が頭から離れなくなることがある。
「余計なことを言ったかな」
「変に思われたかな」
「私が悪かったのかな」
その場では終わったはずなのに、
気づくと何度も思い返している。
私もそんなことがよくありました。
不眠で苦しかった頃は特にそうでした。
昼間にあった出来事を夜になっても考え続け、
布団に入っても頭の中で会話を繰り返していました。
相手はどう思ったんだろう。
あの言い方でよかったんだろうか。
もっと違う言い方があったんじゃないか。
そんなふうに答えを探し続けていたのです。
でも今振り返ると、
私を疲れさせていたのは出来事そのものではなく、
答えの出ないことを抱え続けていたことだったのかもしれません。
母のことになると、罪悪感が動き出していた
忙しい時期や、
自分の体調を整えたい時期。
本当は手伝いに行きたいけれど、
どうしても行けない日がありました。
そんな時、
母の寂しそうな様子が気になる。
申し訳ない気持ちになる。
もっと行ってあげた方がいいのかな。
私が我慢すれば済む話なのかな。
そんなことを考えていました。
でもある時、
ふと思ったのです。
母が寂しいと感じることと、
私が無理をすることは、
本当に同じことなんだろうかと。
私はずっと、
相手を大切に思うことと、
相手の問題を抱えることは同じだと思っていました。
でも違ったのです。
母の気持ちは母のもの。
私の体調や生活は私のもの。
もちろん大切に思っている。
できる時には力になりたい。
でも、
相手を大切に思うことと、
相手の気持ちを全部背負うことは違う。
そう思うようになりました。
人の目や評価を抱え込んでいた
仕事でも似たようなことがありました。
上司の機嫌が悪そうに見える日。
返事がいつもより短かった日。
そんな時、
何か私が悪かったのかなと思う。
嫌われたかな。
ミスしたかな。
何か気に障ることを言ったかな。
するとそのことが気になって、
一日中考えてしまう。
でも実際には、
上司が忙しかっただけかもしれない。
別のことで頭がいっぱいだったのかもしれない。
本当のところはわからない。
それなのに、
私は勝手に理由を作り、
勝手に苦しくなっていました。
線引きが難しかった本当の理由
今思うのは、
私は相手を気遣っていたようで、
実は相手の領域まで抱え込もうとしていたのかもしれないということです。
相手がどう思うか。
相手がどう感じるか。
それは相手の中で起きていること。
私にはわからないし、
私が決めることもできません。
線引きが難しいのは、
境界線がわからないからではありませんでした。
むしろ、
優しい人ほど相手の気持ちまで引き受けようとしてしまう。
私もそうでした。
相手を大切に思うからこそ、
相手の寂しさも、
相手の不機嫌も、
相手の評価も、
自分の問題のように抱えてしまう。
でも、
そこまで背負わなくてもよかったのです。
私が扱えるのは、
自分がどう伝えたか。
自分がどう行動したか。
そこまででした。
夜まで終わらなかった理由
不眠で苦しかった頃、
私はこうした答えの出ないことをたくさん抱えていました。
人の気持ち。
人からの評価。
まだ起きていない未来。
どうにもできないこと。
そういうものを抱えたまま眠ろうとしていたのです。
昼間の出来事は終わっているのに、
頭の中では終わっていない。
だから夜になっても考え続ける。
身体も知らないうちに緊張していく。
もちろん今でも気になる日はあります。
揺れる日もあります。
でもそんな時は、
ひとつ立ち止まって考えます。
これは本当に私が抱えるものだろうか。
それとも、
相手の領域に入ってしまっているだけだろうか。
その問いがあるだけで、
少し心が軽くなることがあります。
そして心が軽くなると、
夜も少しだけ静かになる気がしています。
相手の領域と自分の領域。
その境界線が曖昧になった時、
私は知らないうちに自分を責めていました。
もし、
夜になると同じような流れが始まるなら、
こちらの記事も参考になるかもしれません。
→ 眠れない夜ほど、自分を責めてしまう理由|“どうにかしたい心”をゆるめる方法
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