【創作長編小説】天風の剣 第194話
第十章 空の窓、そしてそれぞれの朝へ
― 第194話 邂逅、そして今を見る ―
強力な闇の力。
四天王。魔の者という種族の中の、四つの頂点。
それから、四天王に仕える使命を持つ、従者という存在。従者はその使命ゆえに、通常の魔の者より強い力を持って生まれくる。
ただし使命といえど、従者が四天王に仕えるかどうかは、実のところ自由意志であり、従うどころか逆に四天王の座を狙う者も珍しくない。
初めから四天王に戦いを挑む者も、いったん従者として仕えてから虎視眈々と四天王の隙を狙う者も、ごく当たり前のように存在している。
四天王自身も、その事実を生まれながらに知っている。
狼の姿の赤朽葉は、四天王オニキスを見上げる。
衝撃波の音がする。すぐそばで、黒裂丸が、戦っている。
赤朽葉は、ふと考える。
あいつは。黒裂丸は、なんと言うだろう。
今、赤朽葉は自分の状況を冷静に捉えていた。どちらを向いても、勝てる見込みはない。四天王に忠誠を誓い、四天王の力にうまくあやかるか、四聖の力でも取り込まない限りは、と。
黒裂丸なら、きっと真正直に宣戦布告でもするのだろうな。
戦いの中、奇跡のような空白の時間。オニキスの金の瞳は、プリズムのようにただ複雑な光を宿していた。
オニキスは自分の言葉を待っている、そんなふうに赤朽葉は感じていた。
実際は、オニキスが見つめているのは目の前の赤朽葉ではなく、ただオニキス自身の心の中のとりとめもない思いだったのだとしても――、赤朽葉は応えようと思った。
「私は、仕えるつもりはない。今後、どのような王が現れようとも」
オニキスの美しい眉が、かすかに動いたように見えた。
オニキスは、ただ一言、ぽつりと呟く。
「そうか」
雪の音。長い黒髪をひるがえし、オニキスは赤朽葉に背を向ける。
赤朽葉は叫ぶ。
「私は、赤目とは違う」
オニキスは、攻撃しようとはしなかった。赤朽葉は、雪の中孤独な色を残す漆黒の四枚の翼に、声をかけずにはいられなかった。
「喜びを持って運命に従った、あいつと私は、違う――」
ため息。オニキスの唇から、かすかなため息が漏れたようだった。それは、あきらかに失意のものではなく――。
「お前と話せて、よかった」
肩越しに振り返った金の瞳と共に、紡がれた言葉。
オニキス……!
どこからか響いてきた、衝撃音。切り取られたような時間は、その音を合図に終焉を迎えた。
シトリンの放った衝撃波が、打ち込んだ巨大なくさびのように大きな雪煙を上げた。オニキスは飛び立ち、赤朽葉はその場から後退した。
オニキスが赤朽葉の前から飛び去る際、黒い羽根が一枚、風に舞う。羽根は、あっという間にどこかへ飛んで行く。黒い軌跡を残して。
赤朽葉は、なぜか、きっと自分はこの光景を忘れることはないだろう、そう感じていた。
三つの体に分裂した赤朽葉。しかし、どれもが時を止めていた。
「どうして攻撃しない」
それぞれの赤朽葉が、同時に尋ねる。今まで自分と戦っていた、シルガー、白銀、黒羽に対して。
「シルガー様が、手を止めていらっしゃるからだ」
白銀が、答えた。
「シルガー様が、手を止めていらっしゃるから」
黒羽が、答えた。
三つの赤朽葉は、シルガーを見上げた。
シルガーが、答える番だった。
「大事な話だったのだろう。互いの魂に、刻まれるような」
シルガーは、律儀にすべての赤朽葉それぞれの目を見つめ、答える。
赤朽葉は、当惑した。
互いの魂に、刻まれるような――。
風に乗る、黒い羽根。つい先ほどの光景が、頭をよぎる。
呆然と、シルガーを見上げる。だが、すぐに気を取り戻す。
「お前に関係ない。意味がないだろう」
三つの赤朽葉が口を揃えて言い放つ。
シルガーの瞳は、動じることなく赤朽葉を見つめ続ける。三つ全員分の瞳を。
「お前らに意味があったら、それでいい。戦いは、いつでもできるからな」
ふん、と赤朽葉は鼻を鳴らす。密かな動揺を、隠すように。
「強いから、余裕、というわけか」
赤朽葉は、そう言い放ち、牙を見せ低い唸り声を上げる。
「そうでもないぞ。私は自分をよく知っているつもりだ」
シルガーは、笑い声を立てた。
「いずれ、すべて消えていく。雪のように。私はすっかり、人間のような考えかたに染まっていてな。それでも、いや、それだからこそ、訪れる時間に意味がないと切り捨てることはできないと思うのだ。それが、自分以外の者の時間であっても」
赤朽葉は、思う。レッドスピネル、黒髪の四天王、そして、シルガーという四天王。
四天王とは、このようにそれぞれ異なるものなのか。
飛び回り、衝撃波を放つ小さな女の子の四天王。彼女もきっと、異なる心の動きをするのだろうと思う。
「……誰にも仕えるつもりはない、そう私は言ったはずだが」
赤朽葉の言葉にシルガーは、目を大きく見開いた。
「私は、従者の勧誘をした覚えはないぞ」
さっ、と赤朽葉は自分の顔が赤くなるような気がした。棘のような獣毛に覆われているので、外目にはわからないが。
赤朽葉は叫ぶ。
「私を、勝手に勘違いして応募して断られているような体にするなっ!」
「別に、お前を勝手に勘違いして応募してきた従者だ、とは思っていない。なんだ、ややこしいやつだな」
「貴様――!」
赤朽葉は、今にも飛び掛かるような姿勢を取る。
ああ、そうだ、とシルガーは急に思いついたように人差し指を上に向けた。
「そうだ。どうだろう。戦わない、という選択肢もあるぞ。主従関係でなくても、な」
シルガーは腕組みをし首を傾げ、笑う。
戦わない、だと……!?
赤朽葉は、吠えた。衝撃波を放つ。
なんのために戦うのか、よくわからなくなっていた。少しでも勝機を高められる四聖のほうへ向かうべきだという考えが頭をかすめたが、勢いは止まらない。
もし、この男の発言が、自分に注意を向けさせ、四聖に向かわせないための作戦だったら……?
それがなんのためかはわからないが、ふと、赤朽葉の中に奇妙な考えが閃く。
それは、赤朽葉を迎え撃つシルガーの顔に、密かな笑みが浮かんでいたからなのかもしれない。
頭に血が上った赤朽葉は、勢いのままシルガー、白銀、黒羽へ向かって突進していった。
キアランは、オニキスと赤朽葉、そして、赤朽葉とシルガーの会話を耳にしていた。
あの従者の、兄弟――。
「キアラン」
花紺青の声で、キアランも今という時間に戻る。
「オニキスを――!」
キアランの声に花紺青はうなずき、キアランと花紺青はオニキスを追う。
戦いの中の、邂逅。そして、それにより動く心。交差し、変わっていく、運命。
戦いの中でなければ、どうだったのだろう。もしも、ここが戦いの場でなかったとしたら――。
人々の命を奪う憎むべき魔の者たち。そんなやつらの心など、考える必要もない、見つめる必要もない、と切り捨てることは、キアランにはできなかった。
キアランは、振り切るように頭を振る。
限られた時間、いつだって、誰もがひとつの道しか選択できない。選択しなかった世界を見ることは叶わない。奪い去られた命を取り戻すこともできない。この世界に『もしも』、というものはないのだ……!
だから、今を見なければならない。
キアランは、天風の剣を握りしめ、見えない吹雪の先を見つめ続けた。
◆小説家になろう様、pixiv様、アルファポリス様、ツギクル様掲載作品◆
