同じ職場なのに、なぜこころが折れる人と平気な人に分かれるのか──心理的安全性と行動分析で見えてくる見えない罠
1. 朝、からだが動かなくなるとき
支援の現場で、似た背景をもつ方と何度も出会ってきました。
地元では名の知れた企業。
給与水準も高く、まわりからは安定した職場だと見なされている会社です。
そこで働きながら、次のようなお話をされる方がいます。
朝になると胃がキリキリと痛む
駅に向かう足が重くて、からだのどこにも力が入らない
上司から届く通知音だけで、鼓動が跳ね上がる
休みの日も業務のことが頭から離れず、眠っても疲れが取れない
それでも、口から出てくる言葉は
自分だけが弱い
甘えているだけかもしれない
といった、自分を責める言葉ばかりです。
同じ部署で、いきいき働いている人もいます。
退職せずに続けている人も大勢います。
その光景を目にしながら、
自分だけがダメな人間だと感じてしまう方も少なくありません。
もし、あなたにも似た感覚の経験があるなら、覚えておいてほしいことがあります。
いま抱えている苦しさは、あなたの性格の問題だけではない、ということです。
2. 自分だけが弱いわけではないのかもしれません
わたしは教育や人材育成の現場で15年間、
人を支える立場として働いてきました。
同じ職場にいても、いきいき働き続ける人もいれば、
限界までがんばったあとで潰れてしまう人もいます。
給与や待遇といった条件では説明しきれない差が、たしかに存在すると感じてきました。
その正体を探るために臨床の学びと研究を深める中で、
役に立つと感じた視点が二つあります。
行動分析
出来事と行動、そして結果のつながりを整理する枠組みです。心理的安全性
安心して試行錯誤できる土台があるかどうかに目を向ける考え方です。
なぜ、あなたのこころがすり減ってしまうのか。
その流れを、図を見ながら一緒にたどっていきたいと思います。

3. 心理的安全性が低い職場の黄色いループ
図の上側には、黄色い枠で囲まれた流れがあります。
A・B・Cという三つの箱で、悪いループに巻き込まれている状態を表しています。
A(きっかけ):仕事の指示や評価
B(行動):あなたが一生懸命とる行動
C(結果):そのあと返ってくる反応
心理的安全性が低い職場では、流れが次のようになりやすいです。
A:上司から業務の依頼やノルマが出る。
B:不安を抱えながらも、あなたは指示どおり動こうとする。
C:返ってくるのは、否定や叱責。
なぜ今のやり方を選んだのかと詰められ、
良かった点よりも足りない点ばかり指摘されることが続きます。
Cという否定的な結果が積み重なると、脳は次のように学習していきます。
また怒られるかもしれない
無能だと思われているかもしれない
余計なことをすると邪魔だと思われるかもしれない
図の右上にある「パワーコントロール」という言葉は、
恐怖や圧力で相手を動かそうとする関わり方を指しています。
このような環境では、行動は自然に委縮へ向かいます。
一歩踏み出す前から足がすくんでしまうのは、あなたが弱いからではありません。
「動けば撃たれる」と、脳が正しく学習してきた結果と考えることができます。
4. ダブルバインドという見えない罠
黄色いループに、さらにやっかいな要素が重なる場合があります。
それが「ダブルバインド(二重拘束)」と呼ばれる状態です。
社内研修や理念の場面では、次のようなメッセージが語られることがあります。
失敗を恐れず挑戦してほしい
自分の頭で考えて動いてほしい
一方で、日常の現場で起きていることは、ちがう方向を向いている場合があります。
勇気を出して問題を報告すると、もっと早く言うべきだったと責められる
自分の考えを提案すると、余計なことを言う人だという空気になる
挑戦しても怒られ、慎重に確認しても、自分で考えろと言われる。
どの行動を選んでも罰せられる板挟みのような状態が、ダブルバインドです。
この状態に長く置かれると、
何もしないほうが安全だと学習し、思考停止に近い状態へ追い込まれていきます。
それでも働き続けなければならないため、消耗は限界を超え、
からだの症状として表に出てくることがあります。
こうした反応は、性格の欠陥ではありません。
矛盾に満ちた環境の中で、なんとか生き延びようとしてきた結果だと捉えることもできます。
5. 心理的安全性が高い職場の緑のループ
図の下側には、緑色の枠で囲まれた流れがあります。
黄色いループとはまったく異なる世界が描かれています。

A:目標や期待が、できるだけ具体的に共有される
B:あなたは自分なりの工夫を加え、途中経過も含めて相談する
C:返ってくるのは、称賛や見守りのメッセージ
良かった点が最初に認められ、
うまくいかない部分も「一緒に考えよう」という姿勢で扱われます。
Cという肯定的な結果が積み重なると、脳は次のように学習していきます。
試してみても大丈夫だ
失敗も成長の材料になる
助けを求めてもいい
このような「安心の基地」があるからこそ、
人は生産性を高めながら、困難にも折れにくいレジリエンスを育てていくことができます。
6. 環境をすぐ変えられないときに、こころを守るためにできること
緑のループが理想だと分かっていても、
職場の体質や上司を、短期間で変えるのはむずかしいことが多いです。
それでも、いまの環境の中で、あなたのこころを守る工夫は用意できます。
ここでは三つだけ紹介します。
6-1. 「いま黄色いループが動いている」と名前をつける
失敗して「自分はダメだ」と感じそうになったとき、図を思い出してみてください。
頭の中で、
いま黄色いループが動き始めた
と心の中で言葉にしてみます。
性格のせいではなく、仕組みの影響を受けているのだと客観視できると、
ダメージは少し和らぎます。
6-2. 職場の外に安心できる場所を増やす
完全に一人で抱え込むと、ダブルバインドの影響は強まります。
信頼できる友人や家族、趣味の仲間、カウンセラーなど、
「ここでは否定されない」と感じられる場所を一つでも増やしていくことが、こころの支えになります。
6-3. からだからのサインを無視しない
不眠、食欲不振、動悸などの症状は、
「これ以上は危険かもしれない」という大切なサインです。
症状が続く場合は、医療機関や専門家への相談も選択肢に入れてください。
早めに相談することは、弱さではなく、自分を大切にする行動だと考えてほしいと思います。
7. あなたが悪いわけではありません
心理的安全性という言葉は、
最近では流行のキーワードとして扱われることも増えてきました。
一方で、働き続けられるかどうか、
生きやすさを取り戻せるかどうかに深く関わる、
とても大切なテーマでもあると感じています。
支援の仕事を通して、個人の努力だけではどうにもならない構造の影響によって、
潰れてしまう方と出会ってきました。
子ども時代に養育者とのあいだで育てられた安心と、
職場で感じる安心。
両方の土台が整わないまま、ダブルバインドの嵐の中に放り出されれば、
誰でも傷つきます。
いま感じているつらさは、あなたが弱いからではありません。
過酷な構造の中で、ここまで必死に耐え、生き延びてきた証だと受け取っていただきたいです。
あなたのいのちと未来は、会社の評価だけで決まるものではありません。
この図解が、あなたが自分自身を責めすぎず、
少しでもこころを守るきっかけになればうれしいです。
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