「お金」が映し出してくれた、うまく愛せなかったあの頃の私と、今の私。|「あなたにとってお金を一言で表すなら、どんな存在?」|ハッピーライティングマラソン#45
今週のお題を見たとき、
お金を一言で表す言葉が、どうしても見つかりませんでした。
こころの余裕。
たぶん、いちばん近いのはそんな感覚なのだと思います。
でも、今の自分には、
その余裕を言葉にするだけの余白もなくて、
考えれば考えるほど、わからなくなっていきました。
まるで、近い人ほど、うまく関われなくなるみたいに。
そんな中で、
なーちんのところに行き、
5歳の誕生日を一緒にお祝いしてきました。
前のように気軽にはできない中で、
今の自分にできる範囲で晩ごはんの材料を選び、
ケーキやプレゼントを用意して、
娘にはランチもごちそうしました。
ひとつひとつは小さな選択でしたが、
その時間の中で、ふと気づいたことがありました。
満たされていたのは、
何かを買えたことではありませんでした。
子どものそばにいる時間でした。
娘とランチをしながら、
日常の中で感じていることを、ぽつりと話してくれる場面もありました。
近い関係だからこそ、
うまく言葉にできなかったり、
すれ違ってしまうことがあるのかもしれません。
どう受け止めて、どう言葉にすればいいのか、
少し迷う自分もいました。
帰る前に、
なーちんが通い始めた英語のクラスを見学しました。
小さな子どもたちが、
思い思いに動いて、笑って、話して、
知らない子でも自然に近づいてきてくれます。
その光景の中で、
こころがふっとゆるむ感覚がありました。
「子どもって、かわいいな」
そんなふうに感じている自分が、
ちゃんとそこにいました。
子どもの頃から、
小さい子が好きでした。
でも、自分の子育てを通して、
その気持ちに自信が持てなくなっていました。
うまく愛せなかったかもしれない。
そんな感覚があると、
「好き」と言っていいのかさえ、
わからなくなることがあります。
今振り返ると、
あの頃の自分は、まだ子どもだったのだと思います。
誰も助けてくれない中で、
孤独や孤立の中にいて、
どうすればいいのかもわからないまま、
目の前の毎日をやり過ごすことに必死でした。
だから、
子どもより自分を優先してしまっていた時間も、
確かにあったのだと思います。
でもそれは、
悪いことだったというよりも、
あの頃の自分が生きていくために必要だった選択でもありました。
支援の場では落ち着いて関われるのに、
自分の子どもになると、わからなくなる。
そんな自分を見て、
向いていないのかもしれないと思うこともありました。
でも、それは
愛情が足りなかったからではないのかもしれません。
人は、安心できる土台がないままでは、
誰かの安心になることが難しいこともあります。
だから、うまく関われなかった時間があったとしても、
それは「愛せなかった証拠」ではなく、
そのときの自分が、
精一杯生きていたということでもあるのだと思います。
今回の時間の中で感じたのは、
子どもを見て、
自然とこころがゆるんだあの感覚は、
なくなっていなかったということでした。
それだけで、
もう十分なのかもしれないと思えました。
お金は、何でも自由にしてくれるものではありませんが、
限りがあるからこそ、
自分が本当に大切にしたいものを映してくれる存在なのかもしれません。
今回、選んだのは、
物ではなく、時間でした。
そしてその時間の中で、
自分の中にある感覚に、もう一度触れることができました。
もし今、
自分の子どもとの関わりに自信が持てなかったり、
うまく愛せていない気がして苦しいと感じているなら。
無理にうまく関わろうとしなくても大丈夫です。
安心していられる関わりは、
少しずつ育っていくものなのだと思います。
関わろうとすることそのものが、
そのはじまりになるのかもしれません。
ここまで読んでくださったあなたは、
もう「ちゃんとしなきゃ」ではなく、
「どう感じているか」を見ようとしています。
その変化が、
これからの関わりを静かにやわらかくしていきます。
なーちん、5歳おめでとう。
こうして一緒に過ごせた時間と、
この笑顔に会えたこと。
それだけで、
ちゃんと満たされていたのだと思います。
そして、
なーちんを生んでくれた娘と、
大切に育ててくれているパパにも、
ありがとうと思いました。
近すぎるからこそ、
うまく伝えられないこともあるけれど、
この時間をくれていることに、
静かに感謝しています。

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